紹介してもらおう
あらすじ:
城を出たジェラードとラシェルだが、普段王都に来たときはグラディンの所に泊まっていたのだが、今はまだいないので、宿を手配するためにもう一つの心当たり――マダム・バタフライを訪れる
「先日お会いしましたので、お久しぶり、とは言えませんね。ようこそ、です。」
軽く小首を傾げたマダム・バタフライことチョーコさんが蝶のマスクの向こうで目に笑みを浮かべる。が、直後、ちょっと顔を曇らせる。
「よろしければ我が家に、と言いたいところですが、ちょっと諸般の事情がございまして……」
ありゃま。ちょっとは期待していたんだが、さすがに無理を通すわけにはいかんか。
「その代わりと言ってはなんですが、情報も販売しています我が名にかけましても、最高の宿屋を紹介させていただきます!」
ふんす、と拳を握るチョーコさんだが、力が抜けて手がテーブルに戻ると、どこか目を泳がせる。
「そ、それでですね……」
あの、その…… と言葉を濁す。後ろに控えているルアンさんも黙って見ているところを見ると、変なことではないらしい。
「対価が思いつかないので困っているんですが、タブレットをもう一台……」
ん? 後ろのルアンさんが笑顔のままだが微妙に表情を変えた? そしてチョーコさんに圧をかけているような気がする。
あたしでも気づくんだから、ジェルにもお見通しだろう。
ん~ とちょっと悩んだ風を装っているが、まぁオッケーってことなんだろうな。変な話、分析しようとしても分かるもんじゃないし、それこそジェルの監視下に入るんで位置も把握できれば、好きなタイミングで機能停止とかもできるんでデメリットは少ない、とは思う。
この流れだとチョーコさんが二台目を欲しいんじゃなくて、ルアンさんの方なんだろうな。圧も放ってたし。
「持ちやすいように小さめのサイズにしておきますか。」
白衣のポケットから「スマホ」よりは大きいけど、チョーコさんに渡した板状端末よりも小さなタブレットが出てくる。……何を想定して入れておいたのか。
「ルアンさんが使われる、でいいですか?」
主従揃ってピクッと肩を震わせたところを見ると正解だったらしい。まぁ答えを聞く気もなくジェルはポチポチ設定しているようだが。
「さすがにこちらの言語版にするのは時間がなかったので、飽くまでも我々の世界の言葉ですが……」
「え、はい! その、うちのルアンは優秀なので……」
なんか言わされている感のあるチョーコさんだが気のせいだろうか。というか、憶えれるんだろうかって、リーナちゃんもすでにこっちの言葉ペラペラだし、ジェルだって日常会話くらいはできるそうだ。これだから頭脳グループは…… って、そういやぁミスキスも片言程度には銀河共通語話せるようになっていたっけ。
……ん? なんか引っかかるけど、多分そんなに重要なことじゃないな。
何か設定を終えたジェルが、くるりと回して小型のタブレットをテーブルに置いて二人の方に差し出す。
「王都内くらいでしたら、マダムのスマホもしくはタブレットと通信ができます。申し訳ありませんが、それ以外へは繋がらないようにしています。」
まぁ妥当ね。というか、そーゆーのを持っているのが他に城のメイド二人くらいなんだけどさ。あとあたしたちの通信機やシルバーグリフォンとその艦載機たちか。
「まぁ、使い方はマダムに聞いてください。正直、私よりも詳しいと思うので。」
まぁあたしたちの時代の物じゃないからね、と。
手に取ったチョーコさんの肩越しにルアンさんが身を乗り出して覗き込む。どう見てもワクワクが抑えきれないようだ。と、それに気づいたチョーコさんが「んんっ」と咳ばらいをすると、慌ててルアンさんが元の位置に戻る。
「えっと、ジェラード様、じゃなくてミルビット子爵でしたね。」
と空気を変えたかったのか、明るめの茶化すような声でチョーコさんがそう言うと、ジェルが分かりやすく嫌そうな顔をする。それを見てフフフ、と謎めいた笑みを浮かべる。
「せっかく、良い物をいただいたのに、嫌われてしまっては元も子もありません。
借りばかり増えて、少しも返せないのは心苦しいので、色々お手伝いさせていただきます。ルアン、」
後ろに呼びかけると、さっと数枚の木札が手渡される。それに目を落とすと、一枚を選んで残りをルアンさんに戻す。
次に自分のタブレットを取り出して表面に指を滑らせると、王都の地図が映し出された。
「三階層のこちら。貴族でなくても泊まれる宿でもトップクラスですね。
すでに部屋も押さえ、代金も支払っております。お食事は別のお店がお勧めですので、そちらも席を用意いたしました。」
二人でコントをしていたように見えたが、いつの間にかにそこまで用意していたようだ。さすがは、ってことなんだろうか。
「お車のことも伝えてありますので、そのまま行かれても大丈夫です。」
そういえば前のトラックとは違うのですね、と言われてしまったが、そういやぁ戦闘ヘリのブラックホーネットには乗せたけど、パンサーはどちらも乗せてなかったっけね。
「それではそろそろお暇しますか。」
ん、了解。
二人でマダム・バタフライの屋敷を辞すると、そのままパンサー2に乗って教えられた宿屋に向かう。
「宿って泊まるの始めてかも。」
「始めてですねぇ。悪しき文明に毒されてしまった我々では耐えられるでしょうかねぇ。」
と、夕闇迫る王都を、パンサー2でトロトロ走るあたしたちなのであった。
お読みいただきありがとうございました




