転移者の三人
あらすじ:
ジェラードから元の世界での去就を聞いたチョーコ、ハルカ、ミリアの三人。その内容はあまりにも衝撃的でショックで打ちひしがれる
視点:三人称
「「「…………」」」
三人――チョーコとハルカとミリア――は半ば呆然としたまま「雄牛の角亭」の一室に運ばれた。大部屋なのか、ベッドが四つ設えてあり、それこそ必要があればさらにベッドを増やすことができる。
三人は別のベッドに腰掛けて、虚ろな目で床を眺めている。誰ともなくため息が漏れる。
「……あたしたち、みんな死んでるんですね。」
ハルカの言葉に室内に更に沈黙が降りる。
「もう戻れないんですね。」
「そうなのよね。あたしにはもう家族もいない……」
ミリアの呟きにチョーコが言葉をかぶせる。
今三人が話しているのは日本語だ。
チョーコとハルカは元々日本人で、ミリアは日本のアニメや漫画好きが高じて日本語を覚えた上に空手ガールという属性てんこ盛りな感じだ。ハルカはハルカである種の古武術を嗜んでいるし、まったくもっての一般人はチョーコだけである。
どういう事情かは不明だったが、チョーコも、そしてこの二人も、異世界に飛ばされたときにジェラードたちのように翻訳魔法がかかっていなかった。チョーコは手助けしてくれた人が言葉が通じる魔道具を持っていたから、ハルカとミリアの場合は「保護」したのがチョーコで、二人とも日本語が通じたのは幸運であったのだろう。おかげで二人に色々教えてメイドの仕事を与えることができた。
自分が通った冒険者の道はさすがに通って欲しくなかった。保護したときの年齢が自分の時よりも下だったからなおさらで。
それから一年くらい。
チョーコ単独で言えば七年くらいだろうか。「帰る」手段はずっと探していた。その一方、年に数人いると言われているこの世界への転移者を見つけては追跡調査を行って、その中の誰一人として、不自然に「消えた」例――おそらくは「帰った」と思われる――は一件たりともなかった。
元の世界の人口を考えたら、異世界に転移する確率はあまりにも低い。それが「帰る」としたらもっと低い確率になるだろう。
……と、どこか楽観的に考えていた。
ジェラードに自分たちの「消えた」後を調べてもらったのは一つの賭けだった。そしてその賭けは勝ったのか負けたのかは分からない。だが事実は知った。残酷ではあったが。
「いつか帰れるかと思ってた。
これが実はゲームの世界で、いつかはログアウトできるかと思った。もしかしたら死んだら、とかも考えたけど、怖くて試せなかった。」
だからチョーコは凄腕の暗殺者が差し向けられたときは恐怖も感じたが、逆に安堵もしたのだ。
「でも、戻れる戻れない以前に、もう戻れる場所自体が無くなっていたのは…… ショックだったなぁ。」
「「…………」」
ショックというよりは、テーブルに突っ伏して気の抜けたチョーコの声に、どこか危険なものを感じた。
でもハルカもミリアもどこかその気持ちは分かるのだが、先にチョーコが口に出してしまったために出遅れた感があって、どこか傍観者になりかける。
「……そういやぁ、あのマンガ。もう読めないのかぁ。」
「そうですね。読み放題入ってましたけど、異世界じゃあサーバーにも繋がらないから見られないですよね。」
場を和まそうとして、ハルカとミリアが口を開くと、チョーコがムクリと顔を上げた。
「そういやぁ、あなたたちの時も、アレ終わってなかったのよね。」
チョーコとこの二人では来たタイミングに差がある。異世界では六年ほど、元の世界では二年ほどだ。
「休みが多くて……」
「載ったらニュースになるくらいでした。」
「あ~……」
共通の話題ながらも微妙な空気になったところで、ノックの音が室内に響いた。
なんとなく誰かが反射的に返事をすると「失礼します」とリーナがワゴンを押して入ってくる。
「飲み物と、夜が遅いので控え目ですがつまむものをお持ちしました。」
「あれ、これって……」
「はい、私たちの時代でも宇宙で一番有名な飲料の一つですね。」
私はちょっと苦手なんですけど、とペットボトルに入った黒い液体を部屋のテーブルに置く。他にも何本かあって、ラベルのデザインは大きく変わっているが、書いてある文字は見覚えのあるものだった。あとは個包装のお菓子――当然、この世界のものではない――が入ったボウルも置かれる。
「あと、これは博士が届けるように、と。」
と、板状端末を三台置く。
「本日はこのお部屋を自由に使ってください、って店主からの言伝です。」
と、リーナは言うだけ言って、そのまますぐに部屋を辞する。
「……あの人、普通に日本語喋ってましたね。」
「ワタシが言うのも何ですけど、流暢でビックリです。」
アメリカ人ながら日本語を話せるミリアだが、それでもどこか癖があるが、今来ていた少女は違和感を覚えるくらいに綺麗な発音だった。料理上手なのも知っているし、ちょっと羨ましいと思ってしまう。
「タブレットかぁ…… 当時欲しかったわねぇ。」
どこかまだ脱力した感じのチョーコだが、何の気なしに起動して、見慣れた感じのアイコンが並んでいる画面を流し見していると、ガバッと身体を起こして画面の一点に釘付けになる。
「いや、待って。確かに頼んだけど……」
振るえる指で画面に触れると、表示が切り替わったところでチョーコが立ち上がると、拳を天に突きあげた。
「キタァァァァァァァァっ!!」
いきなりの絶叫に驚くハルカとミリアだが、もしやと思って、自分たちもタブレットに触れてみる。
「なにこれ! 凄すぎる……」
「キマシタワー!」
見かけや操作感は当時のタブレット端末だが、中身はまったくの別物だ。
「いや、でもこれおかしい。」
裏表ひっくり返すチョーコだが、分かるはずもないが、どう考えても内部ストレージの容量が異常だ。
「え? 知らない巻がこんなに…… しかも最終巻?!」
「本だけじゃない。アニメもこんなに?! ヤバいヤバい!」
中身のあまりにもな充実さに嬌声が上がる。
それに飲み物と食べ物があれば、もう無敵だ。夜中、それこそ力尽きるまで明るい声が聞こえたという。
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