建物の出来を確認しよう
あらすじ:
ジェラードとラシェル。そこに何故かメイド姿のリリーとラシェルに、本職二人を交えて騎士団の宿舎の施設を確認する。
「「「お~」」」
騎士団の宿舎――ってことにしておく――は「雄牛の角亭」よりも人数が多いので、大浴場も大きい。が、さすがに「雄牛の角亭」よりは設備が質素である。それでもお湯は出放題にソープ・シャンプー・コンディショナーも常備。それこそ二十四時間入れるし、それなりの数のシャワーも完備。
この世界じゃあ破格な設備だ。しかも魔法は一つも使っていない。って、あたし達には使えないし。地下に設置した「家庭用反物質ジェネレーター」って矛盾の塊のような物がほぼ無限のエネルギーを生み出すし、地下水は豊富だし、使った排水もちゃんと科学で浄化してリサイクルしている。環境に配慮もバッチリだ。……多分。いや、反物質ジェネレーターって、原理は一応聞いたことあるんだけど、大丈夫なんだろうか。まぁジェルだしな……
ちなみに女の子が多いが、見に来たのは男風呂の方だ。昼間で事前に知らせているために今は閉鎖中である。
入り口の反対側の壁に箱型汎用作業機械がとりついている。あそこに新しい入り口をつけるのだろう。
あっちこっち伸びたり、何台かが重なって、見事なチームワークで壁に長方形の穴をあけている。切ったそばから補強をかけて、あっという間に最初から作られたような枠が出来上がる。
すでに穴の向こうには建物ができているのか、木の床が見える。
「中を見ていいか?」
ジェルがキューブの一体に声をかけると、その場にいたキューブたちが床を素早く掃除して場所を開ける。
今更ながら、靴のまま上がって良かったのかな? ジェルも気になったのか、自分の足元を指さすと、キューブの一体がアームを左右に振る。多分、気にすんな的なムーブだろう。小さく肩を竦めながらジェルがそっちに足を進める。ダメだったら止められるだろうし。
まだドアは取り付けられてないが、出来たての入り口を通ると、中は木の壁に囲まれていた。浴場がタイル敷きなので雰囲気がだいぶ違う。腰かけられるくらいの段が三段。それが左右にある。広さも程々あるので、結構な人数が入れるだろう。
「わー なになに? ここは何?」
ジェルを追い越してリリーが室内に入っていく。身軽にぴょんぴょんと最上段まで上がって、すとんとそこで腰を下ろすが、ジェルが視線をそれとなく逸らしたのには気づいたかな? うん、その動きはスカートじゃあちょっとダメよ。ただでも見上げる形になるわけだし。
いつの間にかに音もなく隣に腰掛けたミスキスがリリーのスカートをそっと直す。
「女の子はエレガントに。」
肘でジェルの脇腹を突いて正面に戻す。
「その通りです。メイドは常にエレガントに、です。」
「服装の乱れなど以ての外です。それは最初にメイド長に……」
ハルカの言葉を継いだミリアがメイド長、って名前を挙げたところで二人揃ってフリーズして、顔を青ざめさせる。
メイド長ってアレかな? その確か、前にこの国の第一王子を足蹴にしていたおばさま。優しい笑顔を浮かべながら体幹をぶらさずに蹴りを入れていたっけ。床近くまでのロングスカートだったんだけど、ちょっと前傾姿勢になったくらいで走っている足元が見えない謎の走法で移動していた記憶がある。
……予想通り怖い人だったか。
さっきよりは大人しく、具体的に言うとスカートが広がらないようにミスキスと降りてくるリリー。
(ときに、この部屋は何をするものだ?)
女の子たちの思惑をまるっと無視というか気にした様子もないコアの人が口(ドローンヘッドじゃあどこか分からないけど)を開く。
「そうそう。あたしも分からない。ハカセー これがカイルが言ってた『サウナ』ってものなの?」
「うん、謎。」
まぁ、やっぱりこっちの人には難しいよね。気候とか鍜治場?とかあるから同じような状況はあると思うが、それをわざと作るというのは理解が難しいかもしれない。……というか、冷静に考えるとヒトって時折変わったことをするよね。
「これがサウナです。この中の気温がお湯の沸騰する温度くらいに上昇して、身体を温め汗をかくという…… 私にはちょっと理解できない世界です。」
ジェルはサウナがあんまり得意じゃないのか。というか、あたしも入った記憶がほとんどない。元の世界だと基本シャワーで湯船に浸かることもほとんどなかったわけで。
「えー 火傷しちゃうよー!」
「水と空気では感じ方が違うので大丈夫なんですよ。さすがにずっと入っていると身体に悪いですけど、適度に入る分には効能はあります。」
「へぇ~」
感心したようなリリーだけど、まぁ人の好みがありますからね、と自分の嗜好をこっそり混ぜるジェル。
(なるほど。高温乾燥状態で人の発汗を促すものか。興味深い。)
ドローンヘッドがウンウンと一人納得している。
「……建物もほぼ完成していますし、設備も完了しているし、ドアも、」
ふと後ろを見ると、さっきキューブが空けた穴の所にドアがはめ込まれていた。
「仕事が随分と早いですねぇ。」
、そんなに機能が高かったっけね? とブツブツ呟いている。
「まぁいいです。
これなら細かい調整さえ終われば、明日にでも使えるようになるでしょう。」
くるりとジェルが身体ごと振り返ったので、こっちの見学もボチボチ終わりのようだ。
「リリーもミスキスもこちらの大浴場やサウナは好きに使ってもいいです。メイドの二人は言うまでもないですな。」
この二人は元々王女二人の護衛の第七と第八騎士団所属の隠密メイドで、本来はこっちに住んでいるはずなんだけど、何故か「雄牛の角亭」でよく見かける気がする。……やっぱり隠密メイドってぇのが分からん。
『二人ともー そろそろ夕飯よー』
そんな風に考えていると、キューブの一体が近づいてきて、そこからアイラの声が聞こえてきた。
「ご飯!」
喜びで飛び跳ねようとしたリリーだが、自分の格好と本職二人の視線に気づいて、その衝動をグッとこらえる。
そしてリリーとミスキスがこちらに黙礼をすると、そのまま「雄牛の角亭」に飽くまでもエレガントに走っていく。まだちょっと足りんかな。と、ふとハルカがつつつ、とあたしたちに近づいてくる。
「……ジェラード様、夕食後に時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
そうジェルに頭を下げる。
「構いませんよ。すみませんがラシェルも一緒にお願いします。」
まぁ、しょうがないわね。ジェル一人だとそれはそれで不安と心配があるしね。
じゃあ、あたしたちも「雄牛の角亭」に戻るとしますか。