とある宿屋の話(後編)
あらすじ:
チーム・グリフォンの一行がいなくなってからどこか気の抜けていた、とある宿屋の少女。そのせいで気づかなかったことが……?
「実はな、この町がある種の特区になるようでね。税金の優遇や補佐官の派遣が決まったそうでな。
そのおかげで、私としては受け入れ態勢他の書類作りが大変だったよ。」
とある町の領主のジェニファーが疲れた笑いを上げる。言葉が過去形なので、終わりの目途がついたのだろう。
「お、なんかそれ聞いたな。」
ここで「ミスター空気読めない」ことカイルが大したことないような口調で言葉を続ける。
「姫さんたちも来るんだろ? 賑やかになるなぁ。」
「は?」
何それ初めて聞きました、って顔でアイラが硬直する。その反面、リリーは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ルビィと、ルビィのお姉さんも来るんだ。楽しみだなぁ……」
ちなみに今出た名前は、このコンラッド王国の王女二人のものである。年齢が同じなのと、色々ないきさつがあって、この単なる町娘のリリーと、コンラッド王国第二王女は友達というか親友となっていた。未だに王家や貴族に慣れない同じく単なる町娘のアイラとしては心労が増すばかりだ。
頭では分かっているのだが、何か無礼をしたら…… という恐怖が先に出てしまう。
「アイラ嬢が切ない顔になっているが、そこは慣れるか我慢してほしいかな。」
そう言う貴族であり領主のジェニファー。そして、更に残酷な宣言をしなければならなかった。
「そしてだな、王女たちが来るようになるので、第七第八騎士団と、都市騎士と呼ばれる王都の自警団の一部がこの町に常駐することになる。」
「はぁ。」
生返事しか出ない。
「それでな、せっかくだからとか、ジェラード君たちを驚かそうとな……」
ジェニファーの目がふと窓の方を向く。
「?」
窓から外を見たのも久しぶりかもしれない。で、そこに見えたのは何かを建築中の箱型汎用作業機械の群れだ。キューブとは異世界の科学者ジェラードが開発したその名の通り箱型の機械だ。
「な、な、な……!」
この「雄牛の角亭」は元々コンラッドの町の西のはずれの方の、ただでも閑散とした地域で周りに建物が少ない所にあった。背後は町の塀、更にその向こうは鬱蒼とした森。左右も正面も広々と、と言えば聞こえがいいが、ホントに周りに何もないところだったりする。
慌ててアイラが表に飛び出すと「雄牛の角亭」のすぐ隣、というわけではないが、お隣さんくらいの距離の左右に結構な規模の建物が建築中であった。
「なぁぁぁぁぁぁっ?!」
「老婆心ながらの忠告だが、一日一度は太陽の光を浴びた方がいい。身近な変化に気づくこともあるからな。」
窓から顔を出してニヤニヤするジェニファー。その表情を見ると、このことを知っていたというか、どこか繋がりがあるのだろう。
片方――向かって左側の建物は大きいながらもどこか質素というか、必要最低限で装飾らしい装飾も見られない。ただ窓の数が多いので、もしかしたら多くの小部屋を抱える宿屋か、宿舎、だろうか。もう片方――向かって右側、そしてさっき窓から見えた建物――はそれよりは小さめだけど、凝った設計でさながら貴族が住みそうな……
「!」
そこまで考えたところで、ある可能性に気づき、アイラは窓のところで楽しそうな笑みを浮かべるこの町の領主であり貴族のジェニファーを振り返った。
「ふむ、」
わざとらしくあごに手をかけて、考え込むような素振りを見せる。
「ジェラード君たちが戻ってきたときに、領主館が隣になってたら驚くと思わないかね?」
「元々、この西地区は開発が遅れていてね。それに恥ずかしながら我が領主館も古くなっていてね、建て替えを検討していたんだ。」
どこかの偽善者が町に大量の寄付をして、その分予算に余裕ができた上に、税を優遇してもらえること、そして、
「なんたって、材料や労働力が安く済みそうでね。無論、ある程度は地域経済のために人の手を入れるが、基礎部分なら任せられる頼もしい者たちがいるからな。」
定期的な充電や整備は必要だが、二十四時間休みなく働けるキューブの働き。そして「雄牛の角亭」の地下にはダンジョンコアと呼ばれる魔法的存在が住み着いていて「彼」に頼めば、雑多な木材の変質させ「均一な木材」のブロックを作り上げることができる。その立方体の部材を、それこそ箱が積み木のように組み上げて、数日で大まかな形が出来上がっていた。
内装の問題に目をつぶれば、あと二三日で中で寝泊りできるくらいにはなるのだろう。
外は少しずつ暖かくなって、積もっていた雪もその姿がゆっくりと失われていく。春も近いのだろう。そのころにはきっと……
「そして、どうせ建て替えるなら、この『雄牛の角亭』に近いに越したことはない。
意外とここまで来るのは遠いのだよ。」
すっかりホバーボードを乗りこなすようになったジェニファーだが、それでも毎日毎日顔を出すのは結構な負担であった。
「……まぁ、納得はできませんが、分かりました。それに誰かさんが戻ってきたらこの店もまた増築されそうですし。」
店内に戻ったアイラがどこか面倒くさそうな顔をしているが、それでも「誰かさん」のことを思っているのか口元はそれとなく緩んでいる。
「大丈夫だとも。彼は女の子の期待を裏切らない男だよ。」
「それは…… 分かってるんですけど。」
でも心配なんですよ、と口の中で呟きながら「彼ら」が飛んで行った宇宙に思いをはせるアイラなのであった。
お読みいただきありがとうございます