メイドさんと話をしよう
あらすじ;
午後になってジェラードとラシェルが「雄牛の角亭」の隣にある騎士たちの宿舎に向かった
そこに近づくと、何かがぶつかり合うような音と気迫の声が聞こえてくる。なんかこう、春先の気候のはずなのだが、気温が上がっている気がする。
修練場っていうのかな? 整地されたグラウンドみたいなところに到着すると、たくさんの人たちが…… 組み手?しているようだった。みんな黒い服を着ている――ってことは都市騎士の人たちか?――がすでに土で汚れまくっている。
「よし、攻め手と受け手を交代! 攻め手は綺麗に投げることを意識しろ。受け手は変に抵抗するな。素早く立ち上がることを優先しろ。」
ヒューイが声をかけて、一人一人のところに行っては細かく動きの指導をしている。箱型汎用作業機械もあちこちにいるので、撮影とかしているのかもしれない。
「お、どうした?」
こちらに気づいてヒューイが振り返る。よし、五分休憩、と訓練中の人たちに声をかけてからこちらに近づいてくる。
「大したことじゃないのですが、こちらの建物も一度見ておきたいと思いましてね。」
「そういやぁカイルがサウナが欲しいとか言ってたな。確かにあると嬉しいかな?」
ヒューイのイケメンスマイルはもうパッシブスキルなんだな。あたしたちに向けてのしゃーない気もするが。
二三話してところで分かれると、後ろからまた気迫の声が聞こえてきた。
なんか凄いねぇ。
その修練場?に隣接する建物に向かう。と思ったら陰から何人も飛び出してきて、建物に沿って走っている。女性が多いな。動きやすそうな服装で走っているが…… って、ピナフォア――メイドさんの着ている服ね――姿の人もいるんだが、一体……?
「お、来てたんか。」
最後尾からカイルが見えてきた。前を走っていた人たちは息も絶え絶えだったが、カイルは息一つ切らしていない。相変わらず体力の化け物だ。
「じゃ、サウナ、早いとこ頼むな。」
一瞬だけ止まると、またランニングに戻る。
「……人気ですな、サウナ。」
「人の欲望は果てしないものよ。」
立派な大浴場を作ってしまってそれに慣れてしまったのだろうな。それこそシルバーグリフォン号にも、元の世界のジェルの研究所にも大浴場はなく基本シャワーと普通のバスタブしかない。……ちなみにカイル用のはない。
「あの二人がそこまで乗り気なら、ちょっと急いだほうが良いかもですな。」
やれやれ、と面倒くさそうな声を出すジェルとさらに建物に近づく。
平屋の大きい共有スペースと思われる建物の左右に二階建ての建物が引っ付いている感じだ。もしかして男女分けてるって事かな?
「……ちゃんとできてますねぇ。」
まぁ別にジェルが手を出さんでも、異世界に残っていたパンサーが普通に設計できるからねぇ。あとはキューブにやらせておけばいいわけだし。
失礼しますよ、と真ん中の建物に入っていくと、何故か見知った顔があった。
「あれ? ハカセにラシェ姉ぇ?」
「らっしゃい。」
何故かビナフォア――メイド服姿のリリーとミスキスに、
「「いらっしゃいませ、」」
王城に行ったときはいつも世話になっていた黒髪と金髪のメイドコンビだ。そういえば来てたねぇ。
「二人ともどうしたの?」
「最初はみんなと一緒に走ってたりしてたんだけど……」
「なんか気づくと。」
あたしが聞くと二人が何か理不尽な目に遭ったような顔をしているが、ジェルもいるからか、憶えたてらしいちょっとぎこちなくスカートを摘まんだ礼をする。
「戦闘メイドも、隠密メイドも、メイドとしての仕事ができないといけないので、」
「折角だから、と私たちの仕事の体験学習を、と。」
ハルカとミリアが説明してくれた。
なんか不思議な単語が聞こえた気がするが、基本は掃除だそうで、リリーもミスキスも「雄牛の角亭」でやっているので、仕事としてはそう大変ではないが、メイドはどんなときでも「エレガント」に振舞わなきゃならないのが大変だとか。でもまぁ、できるに越したことは無いんだろうけど。
「……でも料理はできないんだよね。」
まぁあたしもできないんだが、と言いかけたところで、四人が四人とも思いっきり目を逸らす。
ああ、そうかい。
……あれ? そうなるともしかしてこの中で一番料理ができるのってジェルか? 別に男だから女だから、って事でもないんだろうけど、やっぱりちょっと敗北感。でもメイドさんがそんなことでいいのだろうか。
「料理って、基本専門のコックがいますので、メイドは紅茶を淹れるのが仕事になります。」
「料理のサーブは行いますけど……」
それ以前に、この二人も異世界から急に来ちゃって、その前までは単なる学生だったはずなので、今はすっかり慣れてメイド姿も板についたのは良かった、というべきか。
「……そういえば、お二人に渡すものと、お知らせすることがありました。」
ジェルがいつものように淡々と口を開くと、ハルカとミリアがハッとした表情を浮かべ、一瞬顔を強張らせるが、すぐにいつものメイド然とした雰囲気に戻る。
「どこかで時間をいただけるようお願いします。」
「「……畏まりました。」」
ややぎこちなくも二人が頭を下げる。
「さて、ちょっと建物内の設備を確認したいので、案内をお願いしてよろしいですか?
あと、二人ともついてきてもいいですよ。」
メイド見習い(仮)のリリーとミスキスがニコニコとあたしたちの後ろに回る。
「「畏まりました。」」
そして二人のメイドは先ほどよりも明るい表情で頭を下げるのであった。
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