ゆっくりと戻ろう
あらすじ:
醸造所を出て「雄牛の角亭」に戻るところだが、ジェラードの様子が……?
「「「…………」」」
醸造所の中が沈黙に包まれる。
ジェルが用意したあたしたちの世界の五十年物のウィスキーが、試飲したドワーフさんたちから言葉を奪った。
あ、ちなみにあたしはちょっときつかったので、ジェルにペットボトルの水を出してもらって、水割りにしている。これはこれで香りが広がりまろやかになる。が、やはりのんべぇじゃないので、何か食べながら飲みたい気分だ。
「なるほど…… やりがいがありますね。」
やっと言葉を取り戻したハンスさんが琥珀色の香りをまとわせたため息をつく。
お、他のドワーフさんたちも闘志が衰えているようには見えない。
「旨かった。でも旨すぎる。」
「普段飲むような酒じゃない。」
「じゃが、年に一度は飲みたいのぉ。」
「いやいや、それすら厳しいぞ。」
「いつかワシらも作ってみたいの。」
ワイワイとドワーフさんたちが顔を突き合わせて議論に熱が入りだす。
「……じゃあ、今日はこの辺で。
こちらはもう少し若いものなので、気軽に飲めるかと。」
ジェルがコンテナから残りの瓶を次々に取り出すと、テーブルに上に並べていく。酒だ酒だ、と盛り上がるドワーフさんたちとはもう話ができないだろう。
「すぐなくなりそうですね。でも最終目的が見えた感じで、やる気が出たようですね。」
見送りに来たハンスさんの向こうでは何度もカップが打ち鳴らされる音と陽気な騒ぎ声が聞こえてくる。
「まぁ、ああいう人たちですから二日酔いとかはあんまりなさそうですが、先ほどの果実の塩漬け、二日酔いにも効きますし、蒸留酒に溶かしながら飲む人もいますので、風味に慣れたら重宝しますよ。」
「なるほど。そうなると自分でも作ってみたくなりますね。リーナさんにお伝えください。できたら見せあいましょう、って。」
「分かりました。」
それでは、とパンサー2に乗って醸造所を離れた(無論あたしも)。
「ん~」
ハンドルにもたれかかったジェル(ちなみに自動運転中)が、疲れたような声を出す。
そういやぁ二人揃ってアルコール入っているけど、酒酔い運転ってわけでもないか。実際運転はしてないわけで。
「どしたの。」
「ハンブロンの町でのあいさつ回りも大体終わりましたかねぇ、と。」
そうねぇ。孤児院と醸造所。あとは基本「雄牛の角亭」に出入りする人たちだからねぇ。
「そうなると、王都に顔出す前に、両隣の建物を一回見ておいた方がいいでしょうか。」
それでも箱型汎用作業機械が建築に関わっているんで、ジェルが見てないはずもないのだが、実際に目で見ておきたいのだろう。
「……ホント忙しいですねぇ。」
愚痴って程ではないがジェルがぼそりと呟く。どこかその声音には虚無感というか…… 何やってるんだろ? みたいな自嘲が聞こえる気もする。
「パンサー、スモークオン。」
〈了解。〉
内側からは分かりづらいが、パンサー2の窓が曇り、外からは中が見えづらくなる。SUVなので運転席と助手席の距離がちょっと離れているが、まぁ届くだろう。
どこか虚ろな目を――っていつもそんな感じか――しているジェルの名前を呼ぶと、ノロノロとこっちを向くので、身を乗り出しながらもジェルを引き寄せて胸元に頭を抱える。
「!」
「少し疲れた?」
ちょっと恥ずかしかと思ったが、意外となんとかなるもんだ。……まぁ、今更といえば今更なんだろうが。
身を固くするジェルに優しく語り掛ける。
そういやぁ、向こうに戻って、向こうでも調べ物に準備、また帰ってきて、帰ってきたと思ったら色々やることがあって。そりゃ気が休まらんわな。
「ラシェルさん、その、ですね……」
離れたいんだろうけど、下手に動くと余計に密着しそうになるんで、動けないんだね。うん、計算通り。
「いいからいいから、疲れてるジェルに今日はサービスってことで。」
「サービスと言われましても……」
ジェルがため息交じりに一瞬あたしに体重をかけると、そこからあたしの背中をポンポンとタップする。
仕方ない、今日はこれくらいで勘弁しといてやるか。
「やはりレディは慎みをですね、」
「慎みを持ってるから、ジェル以外にこんなことしないでしょ。」
「むぅ…… それはそれで困りものですな。」
なんか言っちゃってる気がするが、そこはもう特に否定はしない。
……なにせライバルが多くなっちゃってさぁ。競う気もないし、ジェルはそう簡単に落とせないのも分かっているんだけどさぁ。みんななかなかに積極的だし、対してあたしは何もしてない気もするし、と。変な焦りが無きにしもあらずってところだ。
……なんて面倒な奴だ。
「何を考えていたかは敢えてツッコみませんが、いきなりチョップするのは止めてもらえませんかね?」
知らん知らん。
「それはいいけど、何をするつもりなの?」
「そうですねぇ。領主館は外装のついでにいくつか防犯設備を。王女たちもいずれ泊まるんでしょ?」
いやー あの王女姉妹は「雄牛の角亭」に居座り続けると思うわ。
「騎士団の宿舎は、カイルのリクエスト通りにサウナというか浴室周りを充実ですね。後は食事周りですね。……やはり地下の人の手を借りるべきでしょうか。」
そうね。頭が球体だけど「人手」だけはあるし。
と、取り留めない話をしながらも、少し遠回りして「雄牛の角亭」へ戻るのであった。
お読みいただきありがとうございました