とある宿屋の話(前編)
あらすじ:
これはそう、とある町の宿屋のお話
とある異世界の、とある宿屋。
「やってるとは思うが…… なんか暗いな。」
とある町の領主であるジェニファーが、そのとある宿屋兼食堂のドアを開ける。
このとある宿屋――「雄牛の角亭」は、この世界においては摩訶不思議な技術で常に明るい。ただジェニファーが言ったのはそういう意味ではなく……
「あ~ はい、いらっしゃいませ~」
気だるそうにテーブルに突っ伏してた店主兼料理人のアイラがヨロヨロと顔を傾ける。赤みがかかった長い髪がテーブルにだらしなく広がる。
この世界とは別の世界からやってきた五人。そして彼らが乗ってきた宇宙船とその艦載機たちを含めて、北へ南への大暴れ。最初は巨大な牛の魔獣を捻っていたが(誇張無し)、最後は「邪神」を倒し、邪神がこの世界に向けて放った「星」をも圧倒的な「力」で叩き壊したのであった。
その正体を知る者は少なかったが、それでもあんまり積極的に隠していなかったのと、人の口に戸は立てられないので、ほとぼりが冷めるまで元の世界に戻っていったのだ。
ちゃんと戻りますよ、とは言ってたけど、彼ら(ちなみに一人はこちらに残った)がいなくなって五日。そろそろ不安になってくる。
「ふむ…… そういう意味では付き合いの長さか、ラシェル嬢の方が肝が据わってたかな?」
「!」
ジェニファーの言葉にアイラがガバッと身を起こす。ライバル、というわけではないが、好きになった人の一番近くにいる少女の名前を出されて思わず反応してしまう。そんな彼女の様子を気づいているのか気づいていないのか――いや、気づいていてわざとなんだろう――、更に言葉を続ける。
「ラシェル嬢のことは置いとくとして。アイラ嬢、少し気が抜けすぎではないかな? まぁ、気持ちは分かるよ。私も寂しいし、心配だから仕事が手につかない、と言いたいところだがね。」
そこまで言われてアイラは気づいた。そういえば、毎日のように来ていたのに、ここ数日来ていなかった。そのことに愕然とする。
「本気でここ数日忙しかったのだよ。前にジェラード君に頼んでいた非常食で済ませていてね。」
不味くはないのだが、元気が出ない食べ物だったよ、とジェニファーは疲れたように首を振る。
「ええときっと、お風呂入られますよね。いつも通りきれいなのでどうぞ。
何か元気の出そうなものを作りますね。昼なのでワインは一杯までで。」
「おやおや、今ならもう少し許してもらえると思ったんだがね。」
と、女のアイラでも思わずドキッとしてしまう魅力的なウィンクを残して、ジェニファーは「雄牛の角亭」自慢の大浴場に入っていく。
その後姿を見送ると、アイラは立ち上がって自分の頬をパンパンと叩く。
「そうね。嫌われたりはしないけど、自分のせいであたしがこうなった、と思わせるのは重い女よね。」
よし、と自分に気合を入れると厨房に向かう。ここ数日、確かに気が抜けていたのか料理も手抜きに近かった気がする。
まずは疲れている領主様にパワーをつけよう。そうなると肉だ。肉の在庫はタップリある。というか、買わなくてもたまに増える。
恐ろしい。食肉とは勝手に増えるものか。
と、益体もないことを考えながらもメニューを考える。その前に、彼らがこの世界を出て行ってから作ったものを思い出し、本気で落ち込む。
「何やってたんだ、あたしは……」
やっていた、というかやっていなかったのか。どう考えても日数と、食事を作った回数が合わない。
自分はさほど食べない方だから気づかなかったが、一人残った異世界の巨漢カイルは見れば誰しも分かるくらいの大食いだ。そしてここの従業員兼住人のリリーは小柄な少女ながらも、どこに入るのか自称宇宙一の科学者も疑問に感じてるほど大食いだったりする。
「雄牛の角亭」で食事する人間が四人減ったはずなのに、全体の食事量はさほど減ってない気がしないでもない。
「二人には悪いことしたなぁ……」
とても足りてない気がするが、でも自分を気遣って何も言わなかったんだろう。色々気づいてアイラは自虐的な笑みを浮かべる。が、すぐに表情を引き締めると、冷凍倉庫――無論、この世界の技術では不可能な設備だ――から大きな何かを取り出した。
「ふふふ、やるわよ。こうなったらやりまくるわよ……」
包丁を手にした少女が不気味な笑いを上げながら、肉の塊を大雑把に切り分け始めた。
「うめぇ!」
「おいしい!」
久しぶりに店内に響いたシャウトに、アイラは内心胸をなでおろす。
「やはりアイラ嬢の料理は元気が出るな。あとはもう少し……」
「仕方がないですね。これまでのお詫びも兼ねて、今日はもう一杯なら。でもまだ仕事が忙しいのでしょう?」
「なに、ワイン二杯くらいで私の手は震えぬよ。それに頑張る理由があるからね。」
お代わりを受け取りながら、どこか満ち足りた表情のジェニファーが分厚いステーキを切り分ける。
「食後に少し説明をしようか。あ、君たちにも関係あることだ。一緒に聞いてもらえると助かる。」
「「ん?」」
肉の塊を頬張っていたカイルとリリーが同じような顔で手を止める。
「この町のことと、それこそ『彼ら』のことだからね。」
そういうと、ジェニファーは二杯目のワインに口をつけた。
お読みいただきありがとうございます