いきなり戻ろうとしよう
あらすじ:
たらふく遊んで帰ってきた一行。眠りについたラシェルだが、夢の中で声を聞く
(……ェル! ラシェル!)
たらふく遊んで、たらふく食べて帰ってきた夜。シャワーを浴びて、心地よい疲労に包まれて横になる。至福の瞬間だ、と寝入ったところ――だと思う――にそんな声が脳裏に響いた。
それも含めて夢だったのかもしれないけど、(おそらく)目を覚まして声に耳?を傾ける。
――どうしたの? ……ルビィ。
そう、その聞きなれた声はルビリア=レム=コンラッド。異世界のコンラッド王国の第二王女で、何故か――まぁ仮説は聞いたけど――あたしと波長が合って、しばらく彼女の「精神」があたしの中で同居していたこともある。
(……やっ……つな……がっ……)
聞こえてくる声が途切れ途切れになる。これはきっと夢じゃない。おそらく何か伝えたいのだろう。
――いいから! 言いたいことを早く!
(! ……シェル、)
もうだいぶ声が遠くなったし、全てが聞こえたわけじゃない。が、それでもその言葉のトーンは残念ながら聞きなれたものだった。
(…………けて。)
うん、分かった。
完全に目が覚めると声も聞こえなくなる。ベッドに入って数時間ほど経過した全くもっての深夜だった。寝ている時間って全然分からないものよねー とちょっと思いつつも、自分の部屋を出る。
常夜灯があるので、廊下は歩けないほどの暗さではない。
足早にジェルの部屋に向かう。
入り口のロックもフリーパスで中に入ると、暗さに慣れた目でも眩しくない程度の明かりの中で、ジェルがベッドから降りるところだった。
「ジェル!」
声を出すあたしに、ジェルがスーッとあたしに近づくと、抱きしめてくる。
…………
なんか慣れた、って訳じゃないけど、特に悲鳴の一つも出ない。というか、ジェルはあたしが何かしたいとか、お願いしたいときは真面目に相手してくれるんだよね。
とはいえ、お互い薄手のパジャマで、しかもさっきまで寝ていたので、しっとりしていて体温も感じる状況。異世界にいたころは毎日一緒に寝ていたわけだが、こっちに戻る際中や戻ってからは一人寝だったので、この状況が違和感というか背徳感もあって…… いや、それどころじゃない。
あたしのそんな思いも知ってか知らずか、ジェルが耳元に口を寄せて囁く。
「何が起きました?」
その声は真剣な時の声だ。
「夜這いをかけてくれたのなら、まぁ私としては嬉しい限りですが、そんなことを今更する意味はないですからね。」
どういう意味で言ったのか分からないが、なんか重いな。それが変に沈黙になったからか、ジェルがどこか取り繕うように囁きを続ける。
「で、実際は何が?」
「ルビィが助けを求めていた。」
(助けて。)
あの声は間違いない。そして聞きたくない言葉の一つだし、聞いてしまったら動かなきゃならない言葉だ。
「出発しましょう。
ラシェルはアイラとリリーを起こしてください。グラディンさんとカエデさんはセバスチャンに任せます。
私は荷物の整理と発進の準備をします。」
と、ジェルの部屋を追い出された。急いで自室に戻り着替える。身の回りのものはそこまで重要な物はない。着の身着のままでも多分困らない。
順番を考えてアイラの部屋に向かう。
寝ている――それこそ女の子が――部屋に入るというのもなかなかの罪悪感と、それこそさっきとは別の意味で背徳感がよぎる。
コホン。
気を取り直してドアを開ける。一応、ロックはかかっているはずなのだが、緊急時ということでジェルが解除したわけで。
「アイラ…… 入るよ。」
声をかけて入ってみるが返事はない。他人の寝姿なんてそんなに見たことは無いが、予想通りというか何というか、寝乱れることなくベッドに横たわっていた。
安らかに寝息を立てているところを、軽くゆすぶって起こしてみる。一瞬表情を動かしたので、目が覚めたのかな? と思ったら、急に顔がにへらと緩んで、嬉しそうに口元をもにょもにょさせる。
「…………」
翻訳機を外しているので何を言ってるかは分からないが、固有名詞は基本変わらないので、ちょっとばかりイラっとして頭をペシンと叩く。
「……!」
悲鳴の感じはまぁそう変わらないんだな、と思いつつ、跳ね起きたアイラが目を白黒させて辺りを見回し、そこでやっとあたしに気づいてジト目になる。
「…………!」
とあたしの分からない言葉で何かを言ったところで気が付いて、枕元にあった翻訳機を耳につけてから一つ深呼吸。
『一体どうしたの?』
ペチン、はともかく、何か理由があって起こされたんだろうと分かってくれたアイラが聞いてくる。
「急いで戻ることにしたの。」
『……分かった。リリーを起こしてくればいいのね。』
「ありがと。あたしはジェルの手伝いをしてくるわ。」
色々理解したアイラがそう言ってくれたので、あたしは地下に降りてシルバーグリフォンのコクピットに向かう。
そこではいつもの席でジェルがコンソールに指を走らせていた。呼び止めなくてもこっちは認識しているだろうから、簡潔に言う。
「何かできることは?」
「荷物の搬入のチェックをお願いします。」
「オッケー。」
ジェルやリーナちゃんほどではないが、一応頭脳労働側なので程々の速度でコンソール上の文字を追う。
その間にグリフォンの状態を確認すると、すでに発信準備は整っている。人が揃えばすぐに出発だろう。
無駄足であればそれに越したことはない。
……間に合えばいいが。
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