金銭感覚とは
あらすじ:
「雄牛の角亭」のオーナーがジェラードに変わったことにより、店員に給料が支払われるようになりました
「というわけで、お給金です。」
「ありがとうございます。」
「「わーい。」」
ハンブロンの町にある宿屋兼食堂の「雄牛の角亭」。少し前までは十七歳の少女が一人で切り盛りして潰れる寸前だったが、ある日を境に建物も大幅改築され従業員も増え、長期滞在の常連客もいて、随分と羽振りが良くなった。
そして最近は、新しく爵位を受けた貴族がオーナーになったとも聞く。領主も贔屓にしているとか、王族も出入りしているとかいう噂もある。
全部事実ではあるのだが、この町の中では「何をしでかすか分からないけど、絶対怒らせてはいけない人」の庇護下にある店で、それこそ貴族や王族が出入りしているので、ごく一部の常連客が客の多くを占めていた。
さて、件の「オーナー」こと、異世界から来た科学者ながら、色々やり過ぎてしまったジェラード=フォン=ミルビット子爵。
それまではアイラという少女が店長だったのだが、今は彼の雇われ店長という立場だ。
そして同じくリリーとミスキスが店員と言うことで住み込みでいるので、給料が支給される。
最初は固辞していた三人だが、受け取らないならオーナー辞めます、ということで渋々受け取ることに。
それでも食と住は「雄牛の角亭」にいる限りは銅貨一枚も使わずに済むし、衣に関してもあちこちから貰って現在は困っていないし、そもそもあんまり服飾にお金をかけない三人ではあった。
そうなるとお金の使い道があんまりないのと、入用になったらだいたいジェラードが出しているので、使うことが全然ない。
更にアイラはともかく、リリーとミスキスは別方面での収入があったりするので、なおさらだ。
『でもだからってタダ働きさせるなんて重罪を私に背負わせる気ですか。』
という一言もあったことも追記しておく。
給金は週に金貨一枚。労務管理も何もしてないので、どれだけ働いても働かなくても同じ金額である。金額としては決して高くは無いが、それでもそれが丸々個人の小遣いになる上に、必要ならばいくらでもお金を出すようなパトロンがいると破格な待遇ではある。
「こういう言い方は何ですが、ジェラードさんは金銭感覚がおかしいです。」
「おかしいのは元々よー」
金貨一枚を受け取った後にハーブティを淹れたアイラが、ちょっと渋い顔でジェラードに言うが、同じテーブルのラシェルが茶々を入れる。
「そうなの?」
「うん。元の世界でもお金に全然困ってないからねー」
というか、科学者としての特許の中に超光速航行の基礎技術に関わるものがあるので、余程の技術革新が起きない限り、半永久的に膨大な不労収入がある。それこそ個人レベルで宇宙戦艦と、その整備ドッグを含めた「基地」を持っている時点で、どれだけの富豪なのかと。
「でも知ってる通り、贅沢が苦手なのよねー ジェルって。」
「…………」
言われるのは遺憾だが事実なので、ラシェルの物言いにもジェラードは不満げに視線を逸らすだけだ。
「あー ハカセってそうだよね。あたし達には色々買ってくれるのに、自分の物を買うの見たことないよね。」
リリーの指摘にミスキスがウンウン頷くので、更にジェラードの顔が渋くなる。
「褒められるのがそんなに嫌か。」
「別に褒められるためにやってるわけじゃないですし。私自身としては結構自分本位でやってるつもりなんですがね。」
って、どこか悪ぶって肩を竦めるジェラードだが、周囲の女の子たちが「分かってますよ~」って言わんばかりのニヨニヨとした笑みを浮かべるので、ジェラードが助けを求めるようにラシェルに視線を向けるが、彼女は彼女で意味ありげな笑みを浮かべる。
「いい加減諦めなさい。」
おお、神よ、と天を仰ぐジェラードだが、この辺までがすっかりルーティンワークになりつつある「雄牛の角亭」の日常である。
「……アイ姉ぇ。またお願い。」
「まぁ、いいけどね。」
と、今しがたもらったばかりの金貨をアイラに手渡すリリー。その金貨をマジマジと見てからジェラードに顔を向ける。
「店内に置いておけば大丈夫なのは分かってますが、金庫って程じゃないですけど、お金を安全に入れられるものってあります?」
「ん~ そりゃ色々ありますが…… 簡単に作るのもアレですねぇ。」
何か興が乗ったのか、バーチャルディスプレイを開くと、カタカタとキーボードを叩き始めるジェラード。そして数時間後……
「わぁ!」
音符どころかハートがつきそうな声でリリーが「それ」を見つめた。
この「雄牛の角亭」のあちこちに収納されていて、様々な作業に従事している箱型汎用作業機械。その姿を模して通常の半分のサイズの十五センチ角の何か。
「貯金箱、ですね。それで通じますかね?
硬貨を入れて保管する箱です。言ってくれれば必要に応じて出してくれます。」
ジェラードの説明半ばくらいで、リリーがその「貯金箱」に金貨を入れては出してもらって嬉しそうな声を上げている。
「自走はしますし、セキュリティもそれなりに。」
ジェラードの言う「それなり」は全然それなりでないのは周知の事実である。それこそ「雄牛の角亭」の住人分作られた「貯金箱」が列をなしている。基本、ジェラード頼みで自分ではお金をほぼ持っていないラシェルがポツリと呟く。
「……これってまさに色んな物の無駄遣いよね。」
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