男を試す
あらすじ:
カイルとソフィアのちょっとした話。カイルが自分の「男」を試す
「カイル様、じゃなくて、あなた……」
「いや、無理しなくていいぞ。呼びたいように呼べばいい。俺は俺だからな。」
王都のレイブランド家の屋敷。
チーム・グリフォンのパワー担当カイル。二メートルを超えた巨体だが、バランスの取れた体躯で、その上で趣味と言うか人生が筋トレなので、とにかくデカい。
相対するレイブラント家の令嬢であるソフィア。彼女も身長が百八十センチを超えているが均整の取れた肢体と、美しい容姿を持ち、更にはコンラッド王国第八騎士団の副団長を務めるまさに戦乙女だ。
そんな彼女でもカイルの隣なら見事な「美女と野獣」だ。
そんな二人は一夜を共に過ごし、時を経て彼女は彼の子を産むことになる。ただ、方やカイルは異世界の住人で、方やソフィアは令嬢であり将来の当主ともなるという貴族。お互いの立場は微妙であるので、建前上の関係はまだ変わっていない。が、彼女はカイルの「男」に心底惚れており、彼は彼で「いい女」には情が移るし「男としての責任」を取るのは当然、という信念の持ち主だ。
生活の拠点が王都コンラッドから遠いハンブロンであるのは変わらないが、月の四分の一くらいは王都に来てソフィアのところに顔を出している。それでも徒歩や馬車で一週間はかかる距離を、ピックアップトラックのパンサー1なら六時間ほどで駆け抜けられるので、そこまで苦労はしてないようだ。
「本日はカイル様に見ていただきたいものがありまして。」
「お、それは楽しみだ。」
ソフィアの後を追ってレイブラント家の屋敷の廊下を歩く。レイブラント家の現当主――ソフィアの父親は王都の外に領地も持っているが、王城内で総務のような仕事をしているので基本王都に住んでいる。古くから王宮に勤めている家柄なので、屋敷も王都の一等地にあり広さも相当のものだ。
カイルも何度かこの屋敷に訪れたことがあるが、こちらはまだ来た記憶が無い。自他ともに認める脳筋ではあるが、万が一に戦うことも考えて、建物の構造を把握しておくのは職業病レベルで体に染みついている習慣だ。
「驚いてくれるといいのですが……」
「おぅ、期待しているぜ。」
自分が認める「いい女」が言うのだから問題は無い。騙されたとしたらそれはそれで男の甲斐性というものだ。
「こちらです。」
「おお、」
通された部屋は三階くらいの高さがある吹き抜けの大広間で広さも相当の物だ。何に使われる部屋――にしてはしては大きすぎるが――なのだろうか?
「戦いの為の部屋か……」
カイルの指摘通り、床や壁のあちこちに補修した跡があり、それ以外にも細かい傷が多数走っている。それらは斬ったり、突いたり、何かがぶつかったような跡だ。
床には室内にも関わらず石造りで、足跡が無数に刻み込まれている。それには古いものから新しいものまであり、おそらくはそれらがこの部屋の歴史なのだろう。
「そうですね。この部屋は修練の為の部屋です。私も小さいころからここで槍を振るっていました。」
「すげぇな。」
心底感心したように呟くカイルに、ソフィアは小さく笑みを浮かべる。
「俺だって本格的に身体を鍛え始めたのは、この世界の基準だと成人にあたるころからだからな。」
この世界だと十五歳が成人である。さすがのカイルでも年齢一桁から鍛えていた訳ではない。
「それと……」
ふと今まで気になっていたものに目を向ける。それは壁の一面にある巨大な壁画だ。それと……
「斧槍ってやつか?」
その壁画のそばにある台座にあるこれまた巨大な金属の塊だ。その名の通り、長槍に斧の刃がついた武器だ。様々な扱い方ができる武器だが、使いこなすためには相当の技量が必要である。
が、目の前にあるこの斧槍は技量だけではなく力も必要そうだ。
カイルもさすがに中世の武器には詳しくはないが、それでも一般兵くらいが使う武器にしては装飾も豪華だし、基本金属の使用量が多すぎる。柄まで太い金属製だ。
「……このおっさんが使っていた、ってことか?」
そのまま二人の視線が壁画を見上げる。
そこにはどう見ても筋骨隆々の男が、重厚な鎧を身に着け、その巨体よりも大きい斧槍を手にしていた。
「はい。レイブラント家の始祖と言われるお方です。それこそカイル様に匹敵する豪傑だと言われてたとか。」
「ははっ、俺はそこまでじゃないぜ。で、こいつがそれか。」
斧槍の実物がそれだとしたら、絵の中の大男はそれこそカイルよりも一回り大きかったのかもしれない。
「カイル様なら持てますか?」
「……触っていいのか?」
「はい、今まで持ち上げた人がいなかったそうですが。」
「だろうな。」
と、台座に飾られた斧槍の柄を掴む。カイルの手でも少し余りそうなほどの太さだ。
「よい、しょ! だ。」
自分の体よりも遥かに大きいのでバランスが取りづらいのだが、そこは力でねじ伏せて持ち上げる。
「……さすが、きついな。持ち上げるので精いっぱいだ。振るえても扱うのは無理か……」
どこかガッカリしたようなカイルだが、ソフィアは目を丸くすると、すぐに恋する乙女のような熱い視線に変わる。
「これを持ち上げたのはカイル様が初めてです。しかも……」
「お、そうだ。ちょっと離れてくれ。」
一度巨大な斧槍を台座に戻し、ソフィアが距離を置いたところで両腕を広げてから腕を交差させる。
「フォームアップ!」
カイルを中心に光と風が沸き上がり、光が収まるとそこには暗赤色の金属の塊が現れていた。
『キャプテンボンバー!』
某科学者謹製の装甲服。特定の動きとコールで転送されてきて装着される。建前上救助用ということになっているが、オマケの戦闘能力は語るに落ちるレベルの異常さであるのは言うまでもない。
無論、パワーアシスト機能もあり、ただでさえ怪力のカイルがさらにパワーアップするという鬼畜仕様だ。
『お、さすがにこいつなら行けるな。』
さっきとは違って、一回り大きくなった金属の手で斧槍を掴むと、そのまま片手で持ち上げ、軽く一回ししてから正面に構える。
『これなら使えるぜ。』
おそらくその装甲の下には少年のような自慢げな笑みが浮かんでいることだろう。
「さすが…… ですね。」
嬉しそうな笑顔でブンブン斧槍を振り回すカイルをソフィアが優しい笑顔で満足げに見つめている。
と、装甲服の通信装置内にどこか呆れたような声が聞こえてきた。
『……で、カイルは何をしているんだ?』
『そりゃ男を試しているだけだが?』
装甲服のヘルメット内に、某科学者のため息が大きく聞こえてくるのであった。
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