実験(その2)
あらすじ:
グラディンとカエデが一度奥に引っ込んで、グラディンが先に戻ってきた。次に帰ってきた狐の獣人のカエデは何故か耳と尻尾が無くなっていた
「「「……!」」」
店内がしんと静まり返った。
この「雄牛の角亭」の常連でもある狐の獣人のカエデ。普段は王都に住んでいるので、そこまで頻繁に姿を現すわけではないのだが、独特の訛り交じりの愛嬌のある声に、ラシェル曰く美人と可愛いのハイブリットな外見。そして、見慣れててもつい二度見してしまう脅威のバストサイズの持ち主だ。
一昔前は色仕掛けを狙って露出の高い服装をしていたのだが、最近は色々反省したのか、普通の服を着るようになった。普段は同じく王都のグラディンと商人として、あちこち行き来しているわけだ。
そんな彼女が、その獣人の証でもある狐耳をどこかに忘れてきた。まだ壁から顔を出しているだけなので耳がないことしか分からないが、全身が出てきたら尻尾の有無も確認できるのだろうか。
「ううっ…… なんか嫌やわ……」
それでもずっと壁の妖精になるわけにもいかず、いやいやながらも全身を現わす。
「「「はぁ……」」」
狐の耳があった分、身長が高く見えていたのだろう。それが無くなると、思ったよりも身長が低く見えた。そうなると、身体の凹凸がもっとハッキリして、ジェラードたちの世界の古典にあった「トランジスタグラマー」って言葉が当てはまるのかもしれない。
深ぁい溜息と共に、視線が集中――特に胸元に――して、やや青ざめながら腕を体の前で交差させながら二三歩歩下がってしまう壁に戻ってしまうカエデ。
「これ、狐娘。そんなことでどうする。
ちゃんと皆の前に出んかい!」
「ううっ……」
再度顔を赤くしながら、おずおずと前に出てきて、その場でくるりと回ったところで何かに気づいて急に高速回転で正面に向き直る。
「「「あ~~~~……」」」
「み、見たんか……?」
背中側に手を回して顔を赤くしているカエデ。そう、基本獣人用の服は尻尾の部分に穴なりスリットなりが空いている。それまでは立派な狐の尻尾が生えていたわけだが、それが無くなった分、お尻のあたりに大きな肌色の部分ができていたわけで。
「ジェ、ジェラードはんは……」
「嫌な予感がしたので、くいっと。」
「……もう少し穏便な手段を選んで欲しかったですな。」
そっぽを向きながら筋を気にしたように首に手を当てるジェラード。隣にいたラシェルが何かしらの方法で視線を逸らさせたらしい。
「ラシェル、おおきにや。」
そのまま後ずさりながら一度部屋に戻ったらしいカエデ。おそらく着替えてくるのだろう。
数分後、服を変えたカエデが、どこか疲れた様子で戻ってきた。耳と尻尾は未だに無いままだ。
「……なんか、メッチャ違和感やわ。」
どうにか席について、リーナが出したハーブティで口を潤したところでやっと安堵のため息をつく。
が、本人だけじゃなく、周りも違和感が残ったままだ。
「で、これが例の姿を変える魔法だか能力、って奴ですか?」
おそらく単なる批判を込めたポーズかもしれないが、首がぎこちないかのように左右に振りながらもジェラードが口を開く。
「おお、そうじゃよ婿殿。儂もこの術でピッチピチの姿になったんじゃよ。」
ウッシッシ、と魔女のような笑いを浮かべるグラディンだが、見かけが妙齢の美女なのでそれこそ違和感だ。
「なんか狐でもできるらしいってことでの、ちょっと儂の秘術を教えてみたんじゃよ。」
「……なんか思ったより簡単やったな。」
「術自体は簡単なんじゃがな、ちょっと問題があってな……」
「なんやてー?!」
しれっと出てきた「問題」って言葉にカエデが悲鳴じみた声を上げる。
「そうですねぇ……」
ジェラードが自分の眼鏡をトントンと叩いてカエデの方を見てから、視線を宙にさまよわせる。
「肉体を変化させる能力、と推測するとあまりにも自分とかけ離れた姿になると、自分を見失ってしまう、ってことでしょうかね?」
「婿殿はさすがじゃのう。
その通りじゃな。別人になってしまうと心まで別人になりかねないわけじゃよ。」
「……なるほどなぁ。」
「慣れたらまだしもな。儂のこの姿も若かりし頃の姿じゃよ。
だから最初は必要最低限にしておいた方が無難なんじゃわな。」
とりあえず店内の女の子たちが代わる代わるカエデの周りに集まると、特に狐耳があったあたりに手をかざして耳がないことを確かめているようだ。
「私もやった方がいいんですかね?」
「それは止めとけ。」
ジェラードとラシェルはいつものような感じだ。
「……さて、これで実験の目途がつきましたな。万が一のことがあったとしても、カエデさんだと最悪の場合も大丈夫そうですし。」
「ひょわ?!」
いきなりの物騒な発言に、カエデがさっきよりも面白い声で鳴く。もしも狐耳&尻尾があったら逆立っていることだろう。
「というか、実験ってなんや?!」
「ふっふっふ……」
悲鳴を上げるカエデに、ジェラードがわざとらしく悪そうな笑みを浮かべる。「雄牛の角亭」の女の子たちほど付き合いが深くないカエデは彼の「演技」はすぐには理解できずに、不安だけが募っている。
「大丈夫大丈夫。痛くはしませんから。」
「ひー! 堪忍やーっ!!」
最後はラシェルのチョップが落ちて改めて説明することになった。
お読みいただきありがとうございます
……個人的な話ですが、連休辺りから微熱と咳が延々と続き、現在も37度程度に熱があります
まぁ慣れてしまって今はふつーに動いていますが、時折咳が出るのがなー
TOSHIは取りたくないものですw




