ちょっとした実験(その1)
あらすじ:
王都の商人のグラディンがカエデを連れて「雄牛の角亭」に来ていたのだが、その時にグラディンがジェラードに絡みだす
「のぉのぉ、婿殿。やっぱり儂も婿殿の世界に行ってみたいのぉ。」
今日もいきなり「雄牛の角亭」の平和が破られる。
王都の元商人である狸の獣人であるグラディン。異世界から来た科学者のジェラードにクネクネ絡んでいる。
「う~ん……」
いつもの席でバーチャルキーボードを叩く手を止めて一度片付けると、ポーズ程度に口元に手を当てて悩んでいるような顔をする。
「そういうのはいいから何が問題なの?」
同じテーブルにいるラシェルがそのポーズに気づいて、サッサと言うように促す。
むぅ、とつまらなそうに一言唸ってから、ジェラードが二本指を立てる。
「まず一つ。私たちの世界には、いわゆるヒューマン種しかおりません。獣人は飽くまでも創作の中での存在です。
まぁ、これに関してはお二人は耳とか尻尾を隠せばどうにか、とは思いますが。」
ふんふん、とグラディンと同行している狐の獣人のカエデも合わせて頷く。
一本指を倒して、ジェラードが続ける。
「二つ目は、私たちの世界には魔素とか魔法が一切ありません。
前に聞いた話だと、グラディンさんは魔法か特殊能力で姿を変えているそうですね。魔素が無い世界だとどうなるんでしょうか?」
「うむ?!」
なかなかに難しい表情をしたグラディン。外見は妙齢の美女なのだが、中身は実は結構な老人であり、それを狸の獣人の(自称)特殊能力で姿を変えている、とは言っている。一緒にいることが多いカエデは、老人だったころの姿を知っているそうだが、他の人は誰も見たことないので、真偽は闇の中だ。
うむむむむむ、とあまり見せたようなことが無い真剣な表情で悩むグラディンをよそに、ジェラードが仮説を立てる。
「肉体変化だとしたら変化したものは魔素が無くても維持できる、なら楽ですね。
これが変化の維持に魔素が必要で、魔素が切れたら『元』に戻ってしまう、が懸念材料ではあるのですが。」
「なるほどのぉ……」
ジェラードに言われて表情が曇るグラディン。「元に戻る」可能性はなかなかに厳しいらしい。
「と、仮定は立ててみましたが、そこまで酷いことにはならないと思うのですよね。」
「本当か?!」
ガバッと顔を上げてジェラードに詰め寄るグラディン。隣のラシェルが襟元を引っ張って距離を離させる。
「ラシェル、助かります。
ただ、実際にグラディンさんが詳しいことを知らないということは、魔素が失われた状況が知られていない、ってことではないか、という楽観的な想像ですね。」
「なるほど、のぉ……」
グラディンが自分のあごに手をかけて小さくぼやく。見かけが若いのに、どうも言動が年寄臭い。ふと気づいたようにジェラードに尋ねる。
「その、なんじゃ。婿殿の力で魔素の無い状況を作れぬのか?」
「……できますね。」
できるんかい、って横で小さくラシェルが呟く。それが聞こえたのかジェルがチラリとそっちを見るが、何にもならないのでグラディンの方に向き直る。
「準備は必要ですが、周囲の魔素を無理やり消費する方法があります。」
「なるほどのぉ……」
腕を組んで考え込むグラディン。何か閃いたように後ろを振り返る。その視線の先には狐の耳がある。
「これ、狐娘! ちょっと来い!」
「なんや狸婆さん、急やな……」
「そうじゃな。狐娘に儂の奥義を教えてやるからのぉ。婿殿、その準備とやらを頼んでよいかの?」
「……はぁ。」
なんかうやむやの内に話が展開してジェラードがため息をつくと、バーチャルキーボードを叩き始める。
「すぐに使えるのあったかなぁ……?」
ブツブツ言っている間にも、グラディンはカエデを引きずるように奥の部屋――一応常連なので、固定の部屋がある――に消えていく。
「なんかまた理不尽に流されている気がします。」
「いつものこといつものこと。」
ボヤくジェラードにラシェルがヘラヘラと手を振るので、またはぁ、と溜め息をつく。
「……そういやぁミスキス、一ついいですか?」
「ん?」
呼ばれてシュッとミスキスがジェラードの背後に現れる。
「前に我々の世界に行ったときにも聞きましたが、何か気が付いたことあります?」
「……うん、少し体が重く感じた。あと、隠身とか使えなかった。」
「なるほど、ありがとうございます。」
「ん。」
それだけ言うと、現れた時と同じようにいつの間にかに姿を消す。
「ん~ やっぱり実験しないと分かりませんが、グラディンさんがなぁ……」
「どういうこと?」
独り言くらいの呟きにラシェルが反応したので、仮定ですが、とジェラードが解説する。
「いえね、グラディンさんの年齢が予想以上だったらなぁ、と考えますと。」
「あー……」
なんか納得するラシェル。
「ま、そこまではならないと思いますがね……」
なんてやっていると、小一時間くらいでグラディンが戻ってきた。
「いやー 疲れたわい。でも思ったより狐娘が物覚えが良くて助かったわい。」
肩をトントンしながらテーブルに腰を下ろしたところで、アイラがハーブティを置く。
「おお、すまんのぉ。
おーい、狐娘! さっさと来んかい!」
「いや、なんか恥ずかしいわぁ……」
壁の向こうから顔を半分だけ出しているカエデだか、店内の皆が何か違和感を憶える。
「……なんかウチ、変やないか?」
しずしず現れたカエデは、どこかで忘れてきたのか、あるはずの「狐耳」が無くなっていた。
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