帰路に着こう
あらすじ:
グレイブラント家を辞して、王都からハンブロンに帰る途中。ジェラードとラシェルの二人で乗っていたのだが、何か空気が……
あっさりグレイブラント家――ソフィアの生家――を出てきた体になっているが、色々便利道具(カイルが使い方を知っている)とか、困った時の対処法をまとめたものとか色々置いていったし、それこそカイルも置いていったわけで、何かあればすぐに駆けつけるつもりだ。ただ、あたしたち――というかジェルが常駐する理由は無いわけで。
王都からハンブロンへの帰り道は何となく会話が弾まなかった。
原因としては出産という「生々しい」イベントに接してしまったせいじゃなかろうか、と何となく思う。
自分で言うのもなんだが、男女が良い仲になれば、結婚したり結ばれたりして、家族になるわけで。
自分にもそういう未来があるんだろうか。って、世界が違うとはいえ自分よりも年下がそういうことになった、と考えると……
チラリ。
隣で無言でハンドルを握っている――いや、もしかしてポーズだけで半分寝ているかもしれない――ジェルの顔を覗き見る。
いつもと同じ微表情に見えるが、指先がハンドルをコツコツと叩いているので、何処か緊張しているのかもしれない。
こー 自分で言うのも微妙だが、ジェルとの関係は微妙なのだが、傍から見たら恋人同士と言われてもしょうがないらしい。というか、自分でもその、まぁ、とは。
というかね、(今でも)一緒に寝たり(でも何もしてない)、数えるほどではあるが、そのキス、とかしたこともある。それ以上はまだちょっと……
他に言えば、ハプニングとはいえ全裸見られたこともあるし、なんつーか、なんなんだろうね? 自分がジェルに好意を持っているかと言えば、持っているんだろうな。
というか、上に挙げたこともジェル以外とはしたくないし、できないのは事実なわけで。
じゃあ、ジェルはどうなんだろう、はなかなかの謎だ。
基本ジェルは女の子には優しい、というか甘い。ただあたしにはチョップしてきたり辛辣なことを言ってきたりして慣れなのか、それとも「特別」なのか……
何が「自分らしい」か分からないけど、これってあたしらしくないかもしれない。
「ねぇ、ジェル?」
「はい?」
パンサー1の自動運転なので、横を振り向いたところで安全に問題は無い。そもそも街道を走ると速度の違いで歩行者や馬車にとって迷惑なので、離れたところを目立たないように(無理はあるが)移動していることになっている。
「…………」
言葉が続かないあたしをジェルは面倒くさがらずに待っているが、途中で何か気づいたように口を開く。
「パンサー、『薔薇の下』モードだ。」
〈了解。〉
これでパンサーは車内のあたしたちの会話や行動を認識も記録もできなくなる。
「言いづらい話ですか?」
「多分…… というか、あたしや、それこそジェルの覚悟の問題かもしれない。」
ちょっと硬い声になってしまったが、だいたいの意図は伝わったようで、どこか渋いというか困ったような顔をされる。
「まぁ、私も正直なことを言えば、今回のカイルの件で色々考えさせられました。
ラシェルも多分そのことだと思います。」
これからちょっと恥ずかしいことを言いますよ、とジェル。あんまり見ない表情をしているような気がする。
「まず前提として、私は誰かを、それこそ女性を幸せにできるとは思っていません。
そもそも『幸せ』とはなんぞや、って永遠の命題はありますが。
ただご存じの通り、私は生活能力に欠けていますので、リーナのように身の回りを世話してくれる人がいるに越したことはありませんが…… ただ最近は私にかまけてないで、リーナも幸せになって欲しいな、とは思うのですが……」
別の意味で渋い顔になるジェル。リーナちゃんが誰かと結ばれるとしたら、それはほぼヒューイで確定で。同じチーム内なので、多分今までと特に変わることは無いと思うわけで。なんつーか、すでに結ばれていても分らんよな、ってところもある。
「その上で、ラシェルがそばにいたら、守らなきゃならないし、面倒ごとは引き寄せるし、無茶なお願いはしてくるし……」
急にディスられた。
なんだ? ここは真剣で重い話になるんじゃなかったのか?
「それでも……」
ふとジェルが身体ごとこちらを振り向く。あたしの手を取ると引き寄せ……そのまま抱きしめてくる。
こんな時になんだが、比較対象も無いので分からないんだけど、ジェルの抱きしめ方って体勢が悪くてもふんわりとしながらしっかりとして安定する。そして不思議素材の白衣のせいもあるんだろうけど、ジェルはあんまり匂いがしない。匂いを不快に感じないのは相性が良いということらしいが、よく分からん。
これだけ考え事をしてても、まだジェルの言葉の続きは聞こえてこない。
至近距離にあるジェルの顔をチラリと見ると、それに気づいて小さくため息をつく。
「これ、数少ない私のわがままなのですよね。」
そぉかぁ? ってツッコミ入れそうになったけど、よくよく考えなくてもジェルのわがままって確かにあんまり聞いたこと無いような気がしてきた。
「以上です。」
と、離れようとして、思うことがあったのか、あたしの首のあたりに手をかけると、ジェルがまた近づいてきて……
…………
…………
…………
「パンサー、『薔薇の下』モード解除。」
〈了解。〉
その声に我に返る。
……えっと、その、悪くなかった、かも。
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