とにかく待とう
あらすじ:
ソフィアが破水した。後は待つしかないようだ
「お湯を大量に沸かせ! あと清潔な布を用意しろ。あと、近くに別の部屋を用意しておけ!」
あたしたちがそこに到着したときは、カイルがこの屋敷のメイドさんに大声で指示を飛ばしていた。
「……で、これでいいんか?」
「そうだな。」
急に不安げな顔をしたカイルに聞かれて、ジェルが短く返す。
「今、出産経験やお産に立ち会ったことがあるメイドがソフィアのそばにいる。この家と懇意にしている産婆を呼んでもらっている。
こういう時は男は無力なんだよな。」
普段デカいカイルが何か小さく見える。
「誰かを殴ってどうにかできるなら簡単なのにな。」
(おそらく)切なげなため息とともに出てきた言葉に、呆れるとともに妙な安心感があるのはどこか手遅れな気がしないでもない。
「これに関しては私も無力ですし、私の手が必要にならないに越したことはありませんな。」
ジェルが出張るってことは、それこそ外科手術レベルの処置が必要って事だろう。それだけは起きないで欲しいもので。
しばらくドタバタ人が動き回っていたが、妙にシャキシャキしたお婆さんが何人かのメイドを引き連れて彼女のいる部屋のドアを開けたところで、おそらくこの場に場違いなあたしたちに目を向ける。鋭い視線が、あたし達――と言いつつ、あたしはスルー気味――をなぞり、カイルのところで止まる。
「ふぅん、」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟くと、室内へと入っていく。
そうすると後はこちらでできることはなく、ただただ待つだけだ。
いつの間にかに用意されていた椅子にジェルとあたし、そして彼女の父親のフリッツさんが腰掛ける。
「あ、俺のことは気にするな。……そんな気分じゃない。」
腕を組んでドアの方を真剣な目つきで見続けるカイル。梃子でも動く気がないようだ。
「正直、こういう場に居合わせたことないので、何をすればいいんですかね?」
「それは永遠の命題だよ、ジェラード君。それこそ僕は今まで三回立ち会ったけど、何もできなかったよ。
……ところで君たちは神に祈ることはあるかね?」
「残念ながら。」
「あんまり。」
ジェルとあたしの返事にフリッツさんはどこか感心したような顔をする。
元の世界だと、未だに神の存在は観測されていない。観測できたら少しは考えるのですがね、とはジェルの弁。まぁ科学者だし性格も考えればそんなもんかと。
こっちの世界では神様かどうかは知らないけど、それに類する存在はいるのでしょうね、というのがこれまたジェルの弁だ。
ただまぁ、こっちの世界だと基本生活に密着しているからね。
聞きかじったことをまとめると、この世界は創造神みたいな一番偉い神様がいて、その下に色んな専門の神様がいるとか。商売の神様とか、農業の神様とか、職人の神様とか色々いるみたいで。その中で好きな神様を信仰すればいいそうで。
「こういう時はどの神様に祈ればいいのか考えてしまうな。それもこれも四度目だ。」
「こればかりはもう…… 神のみぞ知る、って言葉通りですね。」
時折ジェルとフリッツさんが口を開くが、そのまま会話が続かず沈黙が流れる。カイルはカイルでドアを見つめるだけで身じろぎ一つしない。無論あたしも口を開ける空気ではなかった。
ジェルはジェルで何かしているのかな? って思ってたけど、いつものようにバーチャルディプレイも開いていない。……そりゃそうか。ドローンとか飛ばして何を見る気か、ってことだよね。
聞き耳は立てているようだけど、屋敷の作りが良いのか、ドアの向こうの物音はほとんど聞こえない。
「…………」
そういやぁ、どれくらい時間経ったんだろ? って思ったけど、ここにきてからま
だ一時間も経ってないのか。
「ねぇ、ジェル……?」
「初産ですと、平均で二三時間くらいかかると言われていますね。」
こちらの世界ではどうか分かりませんが、と。医療レベルが違うとは思うが、こっちの世界には魔法とかあるし、その辺は何とも。
そうこうしていると、あたしたちの前に小さなテーブルが用意されて、飲み物や軽くつまめるものが置かれる。カイルの前にも置かれるが、カイルは静かに首を振った。
「俺はいい。いい女が頑張っているんだ。俺が今できるくらいなのはこれくらいだ。何の足しにもならんけどな。」
それからまた沈黙の時間が続く。
飲み物に口をつけたら、まぁそれこそ色々近くなるので口を湿らす程度にしておく。
それでも数時間経過。
「かかってるな……」
フリッツさんの言葉にも焦りの色が混じる。
ジェルも少し眉根をひそめている。
「長くなるかもしれません。我々も一度小休止を考えた方が良いでしょう。」
と、ジェルがカイルに視線を向けるが、カイルは小さく首を振るだけだ。
屋敷のメイドが「部屋を用意しました」と言ったので移動しようと立ち上がろうとしたところでジェルがふと動きを止めた。
「カイル、」
さすがのカイルもやや疲れた顔をしていたが、もしや、と目を見開く。
それと同時に今まで閉じられていたドアがゆっくり開いた。その奥からはまさしく新たな生命の声が聞こえてくるのであった。
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