伯爵の愚痴を聞こう
あらすじ:
伯爵の昔話からいつの間にかに愚痴に変わってきて……?
「まぁ、僕に関しては特に面白いことはないかな? ごく普通に伯爵家に生まれて、ごく普通に貴族教育を受けた、って感じでさ。」
まぁ、貴族というのが普通かどうかはさておきだけど、そういう「普通」がまかり通っている世界なんだろうな。
「で、それこそ同じように普通に貴族のお嬢さんと結婚したわけだが、彼女は生まれつき身体が弱くてね。
三人も子供を生んでくれたことには感謝しかない。」
どこか寂しげな口調。もしかしてもう奥さんは……?
「ま、妻は今も身体が弱いだけで、ちゃんと生きてるからね?」
変なフェイントかけられた。
「上の息子と娘も妻に似て病弱でね。大きくなったら多少は良くなると思って、色々知識は憶えさせた。
そして次に生まれた娘がすくすく育った時は喜んだよ。身体だけじゃなく頭もいいし、魔法も使えた。思えば僕もバカだったんだろうね。
厳格な父の仮面をつけて厳しく鍛えたら、想定以上に強く美しく育ってしまったよ。」
そのせいで彼女は疎まれるようになったわけで。
まぁ、自分よりも大きく強かったら面白くないのは…… なんつーか劣等感としかいいようないわね。
そんなわけで第二王女ルビリア――ルビィの護衛を勤める第八騎士団に所属し、彼女専属の護衛として過ごすことになったことは実に幸運だったんだろう。
「まぁ、それで僕の『仮面』を知られて失望されちゃったけどね。
……君たちだろ? ずっと僕に背を向けていたあの子が『話したい』って言ってくれてさ。」
あ~ あれはルビィを「助け」にソフィアと王都に向かっていた時の話だ。身の上話を聞いたときにちょっとした違和感があって、一緒に乗っていた第一王子やジェルがそれを指摘したんだっけ。
彼女は凄い。普通なら意固地になってもっとこじれそうなだが、それで向き合って和解できたんだし。
「おかげで色々話せて、お互い納得したはずだったんだが……」
ここでフリッツさんが顔に手をあててうつむき、今までの中で一番大きなため息をつく。
「ああ、言ったさ!
英雄と呼ばれるような男なら、ってさ!
でもね! だからってさぁ……」
そのまま流れるような動きでテーブルに突っ伏すと拳をどんどんと打ち付ける。
「そうじゃないんだよ! そうじゃないんだよ…… まさか、あんな男があっさり見つかるとは思わんだろうが!」
ドンドンドンドン。
「腕っぷしはもちろん、武骨で不器用ながらも心優しく、よく笑いよく食べる。そしてこの国を救ったまさに『英雄』ではないか!」
ドンドンドンドン。
前に(自称)邪神が放った無数の魔獣の群れを相手にしたんだが、カイルはカイルで二人がかり+ジェル謹製の装甲服を使ったとはいえドラゴンを倒している。後で詳しい人に聞いた話ではそこまで高位のドラゴンではないが、それでも絶望的な強さだったとか。
「確かに彼はいい男だよ。娘が惚れるのも分かる。だがそれとこれとは違うだろ……」
というか、なんであたしたち、この人の愚痴を聞かされているんだろ?
「僕の中ではまだまだ可愛い女の子なんだよ。それが色々跳び越えて一気に母親になってしまうとはなぁ……」
顔を上げると遠い目をするフリッツさん。
「まぁ、確かに貴族向きではありませんが、悪い奴じゃありません。
ただまぁ、基本根無し草なので、家庭とは無縁なのが困りどころで。」
ジェルの評価はおおむね同意だ。カイルが家庭を持つというのはどうもイメージがわかない。ジェルは……どうなんだろうな?
「それは仕方がない。……それでも彼と、ついでに君たちと縁が出来たのは幸運だったよ。」
そんな言葉にジェルが無言で肩を竦める。
「あんまりアテにされても困るのですがね。」
ご希望に添えるかどうか、と面倒くさそうにボヤく。
「その辺は大丈夫だ。ちゃんと言葉が理解できる貴族面々に王直々に指示があったのでね。
君たちには基本頼らない。……どうせ放っておけば勝手に首を突っ込むお人よしだからな、と。」
「……はぁ。」
ジェルが壮大にため息をついて、あたしの方にジト目を向ける。
「誰かさんのせいですな。」
その誰かさんは敢えて聞かないけど、ただまぁ目の前にいるこの白衣男が結局実行してしまうわけで。……まぁ、うん、そのなんだ。感謝はしているつもりだ。面と向かっては言いづらいけど。
「まぁ愚痴はこれくらいにしておこう。」
あ、自覚はあったんだ。
「まさか彼にこんなこと言うわけにはいかないしね。それこそある程度は気づいているだろうし、言ったところで気にもしないだろうけどさ。」
悪意がなければ、カイルは気にも留めないだろうね。
と、会話が途切れたところであたしたちがいる部屋のドアがバン! と開かれた。慌てた様子の初老の執事風の人が飛び込んでくる。
「旦那様!」
「まさか?!」
その口調の緊迫さから何が起きたのか察したフリッツさんが腰を浮かせる。
「は、はい!
メイドからの報告で、お嬢様の破水が始まったとのことです!」
……ついにこの時が来たのか。
あたしたちが行ってもできることがないんだろうけど、言葉を交わすことなく、あたしたちは立ち上がって部屋を出るのであった。
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