伯爵来襲の終結
あらすじ:
フェルナン=フォン=ダーメルク伯爵は、ハンブロンの町の女領主ジェニファーと、宮廷魔術師のギルバートとも浅からぬ縁があったようで
「「げ、」」
「ふむ、ハンブロン卿、貴族で淑女の貴殿がそのようなエレガントじゃない言葉を口にするとはな。ギルバート、久しぶりだな。
……よもや、こんな辺境で出会えるとはな。」
「「いやいや、」」
「雄牛の角亭」のあるハンブロンの町の女領主ジェニファーと、王城の宮廷魔術師ギルバートがここを訪れると、昼から来ていたフェルナン=フォン=ダーメルクが連れの男と一緒に夕食を待っていた。
フェルナンは王城勤めの伯爵で、経済を管理する大臣の職に就いている。ハンブロンの町は少し前に全世界で起きた「邪神」の復活の際に起きた魔獣・魔物の暴走で大きな被害を受けたので復興のためにしばらくの間、無税になっている。
立場上、裏まで事情を知っているので、一度様子を確認したい、というのはあったが、それ以上に王都で流行り始めた新しいスタイルの料理の発信源がこの町であり、この店であるらしい、と知って居ても立っても居られなくなったので、料理人であるジャンと共にダーメルク伯爵自ら「視察」に来ていたのだ。
無論、領主の存在も、ギルバートが領主補佐として任命されていることを知らないはずがないのに、この態度だ。
更に言えば、フェルナンはこの二人のことは個人的に知っていたりする。
「ハンブロン卿…… いや、ジェニー嬢、水臭いではないか。」
「……は?」
急に砕けた口調になったフェルナンに思わず変な声が漏れる。
「こんな素晴らしい店を黙っているなんて吾輩悲しいぞ。」
よよよ、と懐からハンカチーフを取り出すと、ワザとらしく目元に当てる。
「それにギルバート、」
「は、はい!」
「……何も思いつかぬな。」
「…………」
飲んだお茶が思った以上に渋かったような表情を浮かべるギルバートに、フェルナンがカカと笑う。
「まぁ王都で顔を合わせた貴殿が、何故今ここにいるかは後でじっくり聞くとするか。」
「ぐ……」
王城と「雄牛の角亭」を魔法で繋ぐ転送陣は基本秘密である。悪用されれば大事になるのだろうが、悪用をどうしたらいいのかの前提が怪しいので、比較的安全とも言える。今のところ「悪用」と言えば一部の奔放な王族が逃走に使う危惧くらいだ。
「あと…… 噂の新しい子爵とも話がしたかったが、すれ違いか。残念であるな。」
名前の挙がった新子爵ことジェラードはラシェルとカイルと共に王都にパンサー1で行っている。
((ややこしくなるな。))
ジェニファーとギルバートの目が合って、同じことが脳裏をよぎる。
「お待たせいたしました。」
空気を読んだわけじゃないのだろうが、タイミングよくリーナがワゴンを押して食堂に入ってきた。
「こちら、本日の料理となります。」
陶器製の鍋の中で茶色の液体が湯気を立てている。どろっとした雰囲気で、何か固形物があちこちに浮かんでいる。そして言うまでもまく堪らないかぐわしい香りがする。
「ほぉ、リーナ嬢。これは『ビーフ』シチューだね。」
「はい。『ビーフ』シチューですね。」
ジェニファーとリーナが妙に一部を強調した言い方に、ギルバートも気づく。フェルナンに対して実は苦手意識や負い目があるジェニファーとギルバートなのだが、これはある種の意趣返しになるだろう。
今日は「客」がいるので、ここの住人は皆裏側のダイニングに回っている。なので、予め教えてくれる人もいない。
更に山盛りのパンが置かれて、準備は万端だ。
「ふむ、ではいただくとしよう。」
フェルナンが小さく手を組み、祈りのような言葉を口の中だけで呟くと、スプーンを手に取る。
「しかし…… 牛の煮込みか……」
と、何処か期待外れのような声を漏らすフェルナンだが、ジェニファーとギルバートが顔に出さないように内心でニヤリと悪い顔をする。茶色の海に浸されたスプーンが口元に運ばれる。
「ふはっ! 何だこの味わいは?!」
さっきの小さな落ち込みようとは正反対に目を見開いて顔全体に「美味い」と描かれる。
「いやいや、待て待て。落ち着くのだ吾輩。
このスープの味わいだけでこれなら、に、肉の味わいたるやいかに!」
震える手で固形物――肉の塊にスプーンを入れると、感触がありながらもホロリと崩れる。でもバラバラにほどける程ではない。
おお、と今度は感嘆が漏れた口元に茶色の衣をまとった牛肉と思われる塊を運ぶ。
一瞬の躊躇いの後に、家訓の通りスプーンが口の中に入っていく。
まずは目を閉じて黙々と咀嚼する。
そしてカッと目を見開いた。
「美味し!」
拳を握りしめ感動したように天を仰いだかと思うと、ふむ、と元のジェントルマンに戻り、パンを手に取りシチューと共に食べ始める。あっという間に平らげると、そばで微笑んで立っているリーナに向き直る。
「まず一度は侮ってしまったことに謝罪を。
そして料理と料理人に敬意を払って、お代わりを頼む。」
「はい、畏まりました。」
カラカラとワゴンを鳴らして厨房へ戻るリーナの背を見送ると、同じテーブルについている二人を向き直る
「いやぁ、ここのシチューは最高だな!」
「ええ、バカ王子にはもったいない程で。」
今まで見たことないような朗らかな笑顔で食べているジェニファーとギルバートに、フェルナンがまたカカと笑う。
「なるほど、二人にしてやられたというわけか。吾輩もまだまだであるな!」
リーナに入れ知恵をして、「ビーフ」シチューを出させたのはジェニファーだった。初撃で最大効果を狙ったわけだ。
「これはアレであろう? 魔獣のロックバッファロー。しかも肩とすねあたりの肉を使っておるな。肉自体も素晴らしいが、その味わいを引き出した下ごしらえに味付け、まっこと見事なり!」
「見事な慧眼です、おじ様。そしてこのシチューには赤が合いますよ。」
「む、それは聞き捨てならぬ。
店主殿、こちらにも強めの赤を頼む!」
すっかり満足したフェルナン。
本当は次の日にでも出て王都に戻る予定だったが、その後更に二泊し、美食を堪能した。
空いた時間は町を散策し、突剣の使い手としてあちこちで稽古をつけ、領主や宮廷魔術師と意見交換、と随分と濃い日程を消化していった。
帰りはギルバートを問い詰めて「雄牛の角亭」にある転送陣で王都に帰還。実際に足で帰るよりも早く王都へと戻っていった。
そして月一ペースでギルバートを使っては転送陣でやってきて「雄牛の角亭」の常連となるのであった。
お読みいただきありがとうございます
……色々ペースを間違えました。とほほ~