伯爵、激闘!
あらすじ:
フェルナン・フォン・ダーメルク伯爵がついにテンプラと対峙する
「テンプラは簡単に言えば、小麦粉と卵を溶いた衣を食材につけ、油で揚げたものです。」
「ふむ、簡単だからこそ、工夫や技術の入る余地が多いわけだな。」
「仰る通りです。」
では、始めます、とリーナが調理を始めた。
まずは揚げるネタを用意する。
エビに白身魚、キノコに野菜類だ。
ネタに薄く小麦粉を振ってはたき、全体的にうっすらと粉がつくようにする。これはアイラにも手伝ってもらう。
冷蔵庫から卵と冷水を取り出しかき混ぜると、同じく冷蔵庫から取り出した小麦粉をさっくりと混ぜる。
「まだ溶けてない粉もあるのはいいの?」
「はい。低温で手早く混ぜることが必要です。よく混ぜると、粘り気が出て口当たりが悪くなるんですよ。」
アイラの疑問にも丁寧に説明すると、油の温度を確認する。いわゆる電気ヒーターなので温度は一定に保たれているし、実はリーナの目だと温度がだいたい分かるので測る必要もないのだが、ギャラリーがいるので油の鍋に溶いた衣をひとしずく落とす。
「こうやって、衣を落としてすぐに浮き上がったら、テンプラにいい温度となります。
ただし、具材を一気に入れると、温度が下がるので、注意が必要です。」
包丁を入れたエビに衣をつけると、素早く鍋に落とす。油が爆ぜる音が響く。
「言い忘れていましたが、植物油を使います。好みもありますが、癖の少ないものを選ぶのが無難です。
……そろそろですね。揚げるタイミングは音で判断します。」
菜箸で揚がったエビをつまみあげると、油切りの網に置く。
「さて、これからお客様の分を調理いたしますが、こちらのエビ……
アイラさん、よかったらどうぞ。」
カラリと揚がってまだアツアツなエビに、二つのため息と、一つの驚きの声が漏れる。
それに気にした様子もなく、更に乗せて塩をパラリと振り、皿に乗せて箸――一緒に食事をするうちに使い方を憶えた――と共にアイラに差し出す。
笑顔と共に差し出された更に、横からの視線を感じながらも、輝いて見えるエビから目が離せない。
ゴクリ。
思わず喉が鳴る。今朝、とあるルートから届いた新鮮なエビ。それに衣をつけてカラリと揚げる。あの揚げ時間だと中はほんのり生に近い部分が残っているだろう。リーナの料理の腕は確かだ。間違いなく官能的な美味なのだろう。
「店主殿、温かい物は冷めぬうちに喰うことこそ真理。それが当家に伝わる教えだ。考えるな、食べよ。」
「はい!」
ジェントルな貴族に背中を押され、アイラがテンプラを箸でつまんで口に運ぶ。
さくりと崩れる衣の感触に続き、前歯に弾ける火の通ったエビの感触。それをかみ切ると外側とは違う、ほんのりと火の通った新鮮さを感じるエビの風味。
そのまま、もう一口で尻尾まで食べてしまい、ほぉ、と息をつく。
「美味しかった。」
「はい、ありがとうございます。」
アイラが浮かべた笑顔に、いかに美味だったのかが伝わってくる。客の二人がソワソワしだした。
「お待たせいたしました。
大変申し訳ございませんが、席の移動をお願いいたします。」
と、厨房が見えるカウンターの席を勧めるリーナ。
男二人が顔を見合わせると、その意味が浸透してきたのか、まるで少年のようなウキウキ顔で席に着いた。
「アイラさんはお手伝いをお願いします。」
「オッケー。」
言ってる間にもリーナが小皿や小鉢を用意して、次々と二人の前に並べていく。
「こちらテンツユです。薬味を入れてお楽しみください。こちらは塩は二種類ありまして、海から取れた塩と、岩塩となります。風味の違いをお楽しみください。」
「ふむ……」
フェルナンがテンツユにちょんと小指をつけて舐める。王城で味わったものよりもずっと繊細で洗練されている。
(やはりこの少女が……?)
東方の国のものとして聞き及んだ謎の料理「テンプラ」。王女を霊薬で助けた旅人の持ち込んだ料理ではなかったのか?
疑問は尽きないが、その思考は鍋から聞こえる油の音の変化で遮られた。
(なるほど、音も楽しめる料理か。)
すでに疑問は喪われ、先ほどと同じならそろそろ完成だろう。
「はい、まずは先ほどと同じエビとなります。」
アイラの手でそれぞれの皿の上に一尾ずつエビが置かれる。それは黄金色に輝いているように見えた。
「おお……」
あの少女は「拙い」と謙遜していたが、おそらくはほぼ完成の品なのであろう。
「分かっておるな。」
「はい。」
考えるな、食べよ。それこそが代々ダーメルク家に伝わる教え。
この食の考え方のせいで何度も毒殺の危機に陥ったそうだが、鋭敏な味覚嗅覚、そして食を通じて得た耐性で乗り切ってきたという。なので食べるのに躊躇はしない。そして同じく食を通じて得た直感が、このリーナという少女の料理からは悪意が全く感じられない。もう食べない理由はないのだ。
「いざ、勝負!」
フェルナン・フォン・ダーメルクの戦いが始まるのであった。
が、
「ふはははははっ!」
完敗だ。見事な完敗に、それこそ乾杯したい気分だ。
こうなったら言葉にするのも無粋というものだ。美味い、ただただ美味い。もう笑うしかない。
「続きまして、キノコになります。」
店長の少女が次の「敵」を更に置く。これはテンツユで食べるのが良いだろうか。
最高の負け戦にフェルナンの心は高まるのであった。
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