姫巫女様の一日(午後)
あらすじ:
午後に戦闘ヘリのブラックホーネットの「本体」が姫巫女の屋敷に到着する
バラバラバラバラ……
この世界では異質な音が聞こえてくる。
海の国ワワララト。その姫巫女の屋敷に面する砂浜に黒い何かがゆっくりと降下してくる。
金属製で流線型のボディを持つ、上に回転する大きな羽根を持つ戦闘ヘリ、ブラックホーネットだ。当然、この世界には存在しないものだが、異世界からいろんなものと一緒にやってきたのでしょうがない。
「おーいおーい!」
小脇にぬいぐるみを抱えて、もう片手をブンブンと振ってヘリコプターが近づいてくるのを迎える姫巫女。
抱えられたぬいぐるみが小さくため息?をつく。
〈どっちも僕なんだけどなー〉
「分かってるって。ふかふかしているホーネットもいいけど、空を自由に飛び回るホーネットもかっこいいよ。」
〈えっと…… うん、ありがとう。〉
「どういたしまして。」
ニッコリ笑う姫巫女の顔に、一瞬着陸時のデリケートな操縦の「手」を誤りそうになるが、そこはみっともないところを見せされないという意地だけでふわりと本体を着地させる。
〈あ、そうそう、ベラおねーさん、うちの領主さまからお手紙来てるよ。〉
コ・パイロット側のドアを開くと、座席の上に紙の束が置かれている。異世界のプラスチックペーパーと、いわゆる羊皮紙が束になっている。公式の文章と内密な話があるのだろう。
ベラリーズがプラスチックペーパーをペラペラとめくると、その表情が厳しくなると、それに比例するように姫巫女の顔が暗くなる。
「…………」
ベラリーズの目がチラリと姫巫女に落ちると、はぁと小さく溜め息をつく。
「姫様、」
声をかけられても、どこか肩を落とす姫巫女。
「どうやら私は急ぎで対応しなければならないことが出来たようです。」
「はい……」
「ベルはホーネットに乗れませんし……」
悲しいことにベルリーズは高所恐怖症でホーネットに乗るには相当の覚悟が必要であり、これから姫巫女がしたい空の散歩ぐらいで覚悟させるわけにはいかない。
「……仕方ないですね。ホーネット、姫様を頼みましたよ。」
〈へ?〉
「え?」
ちょっと遠い目をするベラリーズ。ベルリーズは前述の理由で意見はできない。前にこっそり姫巫女が一人でホーネットに乗って屋敷を抜け出したことがあったのだが、その際に災厄のような存在が現れたことがあった。どうにか撃退できたものの、ホーネットは大破、姫巫女も命の危険にさらされた。別に二人が悪いわけではないのだが、それ以降、姫巫女がホーネットに乗る場合はベラリーズが同乗するのが暗黙の了解になったので、意外といえば意外であった。
「あと、そのぬいぐるみはこちらで預かります。連絡手段がないのも困るので。」
「う、うん……」
続けざまに言うベラリーズの勢いに飲まれて、姫巫女が後生大事に抱えているぬいぐるみをベラリーズに手渡す。
「夕飯までには戻ってくるように。」
「〈は~い。〉」
二人に見送られて、姫巫女がホーネットに乗り込む。ローターの回転速度が上がって、吹き下ろす風が強くなる。ベルベラ姉妹が風に押されて下がる。
「ホーネット、離陸!」
〈了解!〉
垂直上昇をしたブラックホーネットは早急へと吸い込まれていった。
「いい天気だねー ホーネット!」
〈そうだね、ディーナ。〉
海上を飛ぶブラックホーネット。操縦席には笑顔の姫巫女が乗っている。
サービスのつもりか、海上近くの低空飛行で、右へ左へと機体を傾けて、その度に歓声が上がる。
「…………」
目の前で操縦桿が手も触れずに動いているのを姫巫女がジッと見つめる。
〈どうしたの?〉
「ねぇ…… 私もホーネットを飛ばすことできる?」
〈え? う~ん……〉
ホーネットはちょっと考える。地上を走る車輛はともかく、航空機であるホーネットの操縦の難易度は高い。
「ダメ、かなぁ……?」
本人としては意図していないが、どこか上目遣いで伺う顔にホーネットの内部に理解できない電流が流れる。
(くぅ…… なんか反則。)
危険性も教えないといけないし、許可とった方がいいんだろうか、とかグルグル思考のループが続くが、どのみち高性能コンピューターなので、思考時間はそこまで長くならない。
〈まぁ…… 簡単に、でもいいなら……〉
「うん!」
嬉しそうに浮かべた笑顔の眩しさに、ホーネットは人なら視線を外すかのように、センサーを青い空に向ける。
それから気?を取り直したホーネットが少し高度を上げて水平飛行になる。
〈まぁ、いつも見ている通り、目の前の操縦桿で姿勢を制御、右側のレバーで高度や速度を調整するんだけど、まずは操縦桿でやってみようか。〉
説明してから、操縦桿もレバーもこの世界に無い言葉なので、表現が難しい。
「これ、だね……」
いつも方向を変えるときに動いている棒は見慣れている。それをゆっくりと握る。ホーネットが飛んでいるときの振動が伝わって、それだけでなんか嬉しい。
〈すっごいデリケートだから、ゆっくり…… まずは右、かな?〉
「右……」
自分でも動かしているかどうか分からないくらいに右に倒すと、目の前の風景がわずかに右に傾く。
「わぁ……」
いつも飛んでいるときのイメージでもう少し傾けると、ゆっくりと機体が旋回を始める。
〈いい感じ。そうそう、それくらいで。〉
「う、うん。」
ゆっくりと操縦桿を戻して水平に戻る。
〈いいよいいよ、この水平の感覚は早めに掴んでね。何かあったらすぐ戻せるように。〉
「うん。」
今度は左に倒して、さっきとは逆方向に旋回する。そしてまた水平に。
〈すごいすごい、ディーナ上手だよ。〉
「えへへ……」
夢中でやっていたためか、ベルリーズからの通信が入るまで飛んでいて、後でお叱りを受けることになったのは、まぁ別の話、ということで。
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