姫巫女様の一日(午前中)
あらすじ:
海の国のワワララトの姫巫女様。朝はドタバタしていたが、どうにか起きてからは……?
「ホーネットが悪いと思う。」
〈いやぁ、僕かなぁ……〉
朝食前なので、軽く済まされた説教から解放された姫巫女。ベッドに腰掛けて横にいるぬいぐるみに愚痴をこぼす。
元はといえば、朝ちゃんと起きられなかった姫巫女が悪いのだろうが、彼女の幼さではそれを素直に認められないのだろう、なんてこともなく、ただ単にホーネットに何かぶつけたかっただけだろう。
「むー とりあえず着替える。」
と、いきなり立ち上がり夜着を脱ぎだす。
〈ちょっ! でぃ、ディーナ?!〉
慌てて後ろを向くぬいぐるみだが、視覚センサーは後ろにもしっかりついている。
(あぁ~ とりあえず、サーバー転送はカット! 視覚センサーもカッ……ト!)
一瞬の逡巡があったためにメモリーに白い背中が焼き付けられてしまう。
(削除……が何故かできない。なんでだ?)
原因は後で追及するとして、視覚センサーは一時的に停止させたので、聴覚センサーに意識を集中する。シュルシュルという音が、布が肌を滑る音であると認識して、意味不明な処理にメモリ使用量が増大する。筐体も発熱しそうだ。
(あれ? バッテリーがもう無い?! はやくもどらないと……)
ベッドから部屋の窓際にある充電台に昇ろうとして、異常な処理ですっかり電圧が低下したために途中で動けなくなってコテンと転げ落ちる。
「ホーネット?!」
薄れゆく意識の中、視覚センサーも解像度が落ち、肌色成分が多めだったことしか分からなかったのは幸か不幸か。
「やっぱりホーネットが悪いと思う。」
〈う~ん、それは審議させて。〉
急なバッテリー切れで動かなくなったぬいぐるみを、姫巫女がとても表現が憚られる姿で部屋を飛び出して助けを求めたので、再度説教を食らう羽目になってしまったが、充電したらすぐに再起動したので一安心ということに。
やっとのことで朝食も終わり、次の予定の間の空き時間を姫巫女の自室で待機している。ぬいぐるみはいつものように彼女の腕の中だ。
嗅覚センサーや触覚センサーの感度を落としていれば、ふつーに抱っこされている分には慣れた。
(……慣れる、ってなんだろ?)
自分は単なるコンピュータープログラムのハズであるのだが、某科学者の凝りに凝りまくった設計の超高性能AIは「悩む」ことまでできるわけで。
人だったら腕の一つでも組みたいところだが、ぬいぐるみの内部の筐体は四足歩行型であり、前肢の長さはやや足りない。
色々考えていたせいか、つい手足?をもちゃもちゃ動かしてしまう。
「どうしたの?」
〈あ、いや…… 人生について色々と。〉
「ホーネットが人生?」
今はぬいぐるみだし、その「本体」は鋼の身体を持つ空を飛ぶ兵器のヘリコプターだ。それが急に人生を語りだすのはなかなかの違和感だ。
〈確かにそうだけど、僕だって色々考えたいことがある……のかなぁ?〉
結局はコンピューターなので、そこまで思考に時間はかからない。寝るわけでもないので時間も人間よりもずっと多く使える。それでもワワララト周辺を飛ばしているドローンからの情報を処理はしているが、対電子戦の機体ではまだまだリソースには十分すぎるほどの余裕がある、のだが……
「ふ~ん……」
気のない返事をしながら居住まいを直したタイミングでぬいぐるみの方向が若干変わる。機首部分にあるメインカメラが姫巫女の顔に近づく。掛け値なしの美少女だが、美少女の「サンプル」ならたくさんデータとして持っているのだが、彼女の前となるとどうも勝手が違う。
〈う~ん……〉
「どうしたのホーネット?」
〈いやね、ディーナは可愛いし、おねーさんたちはキレイだと思う。〉
「え?」
いきなりの一言にディーナ――姫巫女の幼名。ホーネットしか呼ばない――が硬直する。頬がうっすらと赤くなるが、ホーネットは気づいていない。
〈多分こういう言い方は良くないんだと思うんだけど、ディーナ以外にも可愛かったり綺麗な人はたくさん知っているんだと思う。〉
「…………」
さすがに失礼とは思いつつも、ホーネットの声音が悩んでいるようで口をはさめない。
ぬいぐるみが機首を持ち上げて、ディーナを見る。
〈でも何故かディーナを見たり、ディーナのことを考えると、処理速度が…… じゃなくて、なんて言うか。う~ん……〉
考えあぐねているのを見て、ディーナの顔がさらに赤くなる。
「いや、それって、その……」
そんなの自惚れだし、もし間違っていたら恥ずかしいことこの上ない。でもこのまま会話を続けているとどうなるか。
「そ、そういえば、今日はホーネットが来る日だよね。」
〈あ、うん。もうすぐ出発するよ。〉
午前中は姫巫女としての勉強があるので、ホーネットの本体である戦闘ヘリは午後に着く予定だ。海産物の買い出しや、国からの親書を運んだりするために、三日に一度はワワララトとハンブロンを行き来している。あからさまではあるが、話題が変わったので一安心。
「そっか。楽しみ。」
〈どっちも僕なんだけどね。〉
「分かってるよぉ。」
ちょっと拗ねたように唇を尖らせたディーナだが、そこにノックの音が聞こえてくる。
『姫様、勉強の時間です。』
「ありゃ、来ちゃった…… は~い!
行こう、ホーネット。」
〈そうだね。じゃ、よろしく。〉
姫巫女はぬいぐるみを小脇に抱えると、ドアを開けて自室を出ていくのであった。
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