頑張って断ろう
あらすじ:
ジェラードをワワララトに引き込もうとする王の説得にはなかなか骨が折れて……
さて、結果だけ言うと、ワワララト王がジェルを取り込もうとするのは諦めてくれた。
サフィのロイヤルスマイルからの説得も色々頑張ったのだが、時間だけが過ぎるだけであった。
「……水路を通したのは失敗でしたかね。」
ちょっと間が空いたタイミングで、疲れたような口調と目でジェルが呟く。
「別に深い意味はなく、こちらの姫巫女にお世話になった恩義もあるし、水だから早いに越したことはないし、水が引けたからもやることは多いでしょうからって気まぐれを起こしただけなんですけどね……」
「ジェル!」
後ろからおぶさるようにジェルに抱き着く。ジェルの言葉が止まった。
「みんなもジェルに!」
切羽詰まってるので、伝わったかどうかわからないが、真っ先に動いてくれたのがルビィとハルカで、ジェルの腕を左右からとってしがみつく。一瞬遅れて、サフィとミスキスがジェルの手を自分の両手で包み込む。
いきなり始まった異様にも見える行為に、ワワララトの人たちはちょっと引いていたが、こっちはそれどころじゃないんだよ。
ジェルが小さく息を吐く。
身にまとっていた空気が少し柔らかいものに変わる。
「……もう大丈夫ですよ。皆さんもありがとうございます。」
自分にしがみついている、どこか必死な表情の女の子たちに優しく声をかけると、みんなそれどれどこか名残惜しそうにジェルから離れ……ない。
いやいや離れて離れて。
仕方なく、あたしが一番にジェルから離れると、一人一人優しく引きはがしていく。
……最近みんな強くなってきたなー
「申し訳ないですが、どこかに帰属するつもりはありません。一応コンラッド王国からは爵位や領地を貰っていますが、従う義務は無かったりします。
友誼だけに済ませてくれませんかね?」
と、ジェルが小さく息を吐いたところで、ジェルの左右にいる王女姉妹の襟首をつかんで思いっきり引っ張る。まずい、まだ足りなかったか。
「「きゃっ。」」
椅子から転げ落ちるが、すまん、そこは我慢してくれ。パンツルックだから困ることにはならないと思う。
「遊べる海が無くなるのは困るんですよ。」
間に合った。
「うぐ……っ!」
ジェルがいつもよりも低い声で呟くように言うと、ワワララトの王様を含め「向こう側」の人が苦しそうな表情を浮かべる。
怒っている、というわけじゃないが、この一連のやり取りは余程不快だったようで、それが漏れ出たようだ。あたしは若干慣れているが、これは隣にいるくらいだと結構余波を受けることがある。
実際に、ルビィもサフィも引っ張られたことよりも、若干でも「余波」を受けたようで、どこか顔が強張っている。まともに受けていたらどうなっていたか。
で、さすがに王様以外の側近とか侍女とかには向けなかったが、それこそ直接向けられなかったくらいでも厳しかったらしく、侍女の人は青ざめてへたり込んでいる。……ジェル待って、やり過ぎ!
「ま、待て……」
真正面で受けているワワララト王が息も絶え絶えながらも後ろをかばうように両手を広げる。
「その目は止めてくれ。俺はともかく、他の奴らには罪は無い。」
それと同時にあたしがジェルの頭にチョップを落としたので、やっと気づいたようにジェルが頭を振ると、見えないプレッシャーがおさまったようだ。
ワンクッション置いたからこれくらいで済んだと思いたい。
「感謝する。はしゃいでいたのだろうな。
海の男たるものが引き際を見誤るとは。」
大きく息を吐いたワワララト王が座りなおす。
「そして思い出したよ。
我が国に伝わる旧い伝承で、海竜に何でも頼りすぎたために海竜が人間と距離を置いたそうだ。
同じ愚を繰り返すところだったようだ。」
なんか海竜さんがそんなこと言ってたような気がするな。
「そんな大層なものじゃありませんよ。」
「謙遜なのか嫌味なのかは分からんが…… まぁそれはいい。我々が手にするには少し大きすぎたようだ。」
この頃には後ろの人たちも回復していたようだ。……ほんと大事にならなくてよかったよ。
「ともあれ、こちらの希望は現状維持です。気が向いたら何かするかもしれませんが、誰かに言われてどうこうする気はありません。」
「ああ、理解した。
ただ困ったときは相談をしたり、助けを求める分にはいいんだろ?」
「それも気が向いたら、ですね。
美味しい魚介類次第で考えますよ。あと交易も盛んになるでしょうから、それも是非見せて欲しいですね。」
長距離航海に必要なまとまった淡水が時期によって手に入らないので、交易もなかなか行えないらしい。その問題もこれで解決するんだろうな。
「後一つだけ。
姫巫女様も現状維持でお願いします。変なことに巻き込むのはご勘弁願いたい。」
「それも分かっている。姫巫女様には『黒き魔獣』がついているからな。下手なことはしないともさ。」
「では、大体のお話はこれでよろしいでしょうか?」
話しがまとまりそうになったところで、落ち着いたサフィが口を開く。
「詳しいことは後ほど文面にて出しますので、仕切り直しと行きませんか?」
「……そうだな。
王女様の寛大な処置に感謝いたします。」
さすがにお互い疲れてしまった。
時間もかかってるし、あんなこともあったし。
そんな感じで戻ることになったのだが、帰りの馬車の中で王女姉妹がずっとジェルの左右で逃がさんとばかりに腕にしがみ付いていて、後の二人はそれを羨ましそうに見ていて、と謎のカオスになったことは、もう忘れようと思う。
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