出立
「それでは、行ってくる。ジュード、留守は頼んだぞ」
珍しく派手な衣装に身を包んだフェベムは、城門の外でライムを待たせて、見送りに来たジュードに言った。
「かしこまりました」
深々と頭を下げるジュード。
ホロウトーナメントの開催地となるトルネリアという国へは、徒歩で向かうことになる。無論、護衛もつけない。ライムとの二人旅だ。実際は、カサンドラがいつも陰に潜んでいるが。
魔物だけの国のラダンカが人間の立ち入りを禁じているように、周辺の人間が統治する国も基本的に魔物の立ち入りを禁止している。とはいっても、外交上の問題もあるので、フェベムのようなあまりに重要過ぎる身分に限っては、一時的に往来を許される。実のところ、見た目が人間に似ていれば彼らの反感を買うことも少ない。つまり、ただ嫌悪感があるとか、同種でないといった、自分勝手な理由なのだ。
「待たせたの」
そう言ってライムに駆け寄ると、彼は頬を赤らめて目を逸らした。
「どうしんたんじゃ? 具合でも悪いのか?」
「いや、フェベムさんのそんな格好、初めて見たから…。その、綺麗だなと思って」
「なっ…」
思いがけない発言に、フェベムは動揺を隠せない。
「こ、これよりはしたない格好を、城でいつも見ておるじゃろうが・・・!」
「そうですけど、なんか新鮮で」
「い、行くぞ…!」
努めて平静を装って、二人は歩き出した。
トルネリアに到着するのは二日後の予定だ。旅程には二つルートがあり、ラダンカの南に位置するカストシアという国を突っ切ればもう少し早く着くのだが、彼の国は魔物どころか人相手にも悪い噂が絶えないので、東から迂回してイルドラを縦断することにした。
イルドラは最近、市民の革命運動で新しい王が擁立された国だ。内情はまだまだ混乱状態だが、カストシアを通ることに比べれば断然マシだ。それに、イルドラの新王であるテムザは思慮深く、話の分かる男だとも聞いている。運が良ければ、足を調達できるかもしれない。
――というのがジュードから聞かされた話だった。
それに対して、「そんなものライムが竜になればあっという間にピューッ、じゃろ」と言ったことは門外不出の話だ。
「まったく、王を護衛もつけずに二日も歩かせるとは…。これが人の国なら大騒ぎじゃな」
ジュードのプランを思い返して、フェベムは呆れた口調で言ってみせた。
「そうなんですか?」
「当然じゃろ。ラダンカの転覆を狙っている輩が万が一にもこの話を聞いてみろ。喜んで襲い掛かって来るじゃろうよ」
「もしそうなったら、フェベムさんを守れるのは僕だけってことですね」
「ん…?」
ちらりとライムを見やると、彼はどこか決意に満ちた表情を浮かべていた。
「たわけが。このわしがそう簡単にやられるわけがなかろう」
コツンと頭――には届かないので、胸当てを小突く。
「それもそうですね。むしろ守られるのは僕の方かも…」
「たはは。そうかもしれんの」
和やかな空気が二人を包む。
荒れ果てた荒野に、二人の笑い声が響き渡っていた。