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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第一章 雷を呼ぶ青年
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カサンドラ・スキュア

 幼い頃、戦場となった故郷が焼け野原になった。戦いに勝利した人間は、私の父と母はおろか、一族全員を皆殺しにした。ただ一人、私だけを除いて。


 戦場の外れで路頭に迷っていた私を、敗走中のフェベムが見つけ、連れ帰ってくれた。


 私は復讐を誓った。人間を一人残らずこの世から消し去り、魔物だけの世界を創る。ブラトニカ王に仕え、兵士として戦いに赴いた。


 イレイド族としてこの世で最後の生き残りになった私のことを、フェベムはよく気にかけてくれた。悪魔の血をここで絶やしてはならない、無理に戦う必要はない、と。それでも、私は戦うことをやめなかった。


 戦場で功績を上げていく内に、私はフェベムの親衛隊に配属されることになった。彼女がまだ王という肩書きを得る前の話だ。


 おかげで、戦場では幾度となく彼女を窮地から救うことができた。もうあの頃の力なき自分ではない。そう実感することができた。少なからず、恩返しができたのではとも思っていた。


 ブラトニカ王が没し、フェベムが王になってから、私は彼女の側近として仕える身になった。


 不満はなかった。かつては命を救ってもらったのだ。仕えることはむしろ幸運であり、誇りに思うべきだろう。


 だが、ここのところ、フェベム王の目には曇りが見て取れるように思う。


 ブラトニカ王は、悉く人間を忌み嫌っていた。故に戦争を仕掛けたし、魔物たちの多くがそれを支持した。実際、魔物は人間に利用され、殺され、虐げられてきた過去がある。人間の寿命は短いが、忌まわしい過去を今もまだ覚えている魔物は少なくないのだ。


 ところが、フェベム王は戦争や侵略に対して消極的だった。彼女とて、人からいい扱いを受けてきたとは決して言い難いはずだ。それなのになぜなのか。


 ラダンカは敗戦し、消耗している。まずは地盤を固めることが先決だ。


 事あるたびに、フェベムはそう繰り返す。私もその意見には賛成だ。だが、それがいつまで続くのか。本当の思いを内に隠して、仮初めの平穏をこのまま安穏とむさぼり続けていくつもりなのだろうか。


 そんなことを思っていた矢先だった。


 王が心を奪われたのは、突然現れた年端のいかない子供だった。ろくに戦闘経験もなければ、実力も伴っていない。挙句の果てには人間ときた。王はなぜ、あんな小僧一人に夢中になっているのか。(はなは)だ疑問だ。


 影の暗殺者。これが私に与えられた二つ名だった。


 決して表立っては行動しない。いつも舞台の裏側。日の当たらないところに潜み、人知れず脅威を排除する。王のために働けるということは、それだけで名誉なことに値する。そんなことはわかっている。


 頭では理解していても、心は違う。私はもっと活躍できる。


 別に、王からの評価に不満があるわけではない。ただ我慢ならないのが、ぽっと出のガキが我が物顔で城内を好き勝手に歩き回っているということだ。


 アレが戦争で役に立つとでも・・・?


 フェベムはそれを匂わせるようなことを言っていたが、たかが人間に何ができるというのだろう。私なら、一国の主を一夜のうちに始末することなど造作もないというのに。


「ジュード」


 空いたカップを運んでいたジュードを見かけたカサンドラは声をかけた。


「これはこれは、カサンドラ嬢。いかがなされましたか」


「あのライムとかいう小僧をどう思う」


「どうも何も、そうですねぇ…、なんというか、可愛らしくはありますねぇ」


 ジュードは眉一つ動かさずに言った。


 彼は、意図せず感情が顔に出てしまう、ということがない。常に無表情で、心の中で何を考えているのか、全く読めない。逆を返せば、彼が表情を変えたときは必ず意図的ということだ。


「陛下はなぜ、あのガキを特別扱いする?」


「それは、カサンドラ嬢も知るところではないのですか。彼の特異な力は、恐らくこの国中を探し回っても二つと存在しないでしょう」


「竜化の力か…。本当にそれだけだと思うか」


「でないとしたら、何だとおっしゃりたいのですか?」


「陛下があのガキに肩入れするのには、他に訳があるのだろう」


「ほう・・・。例えば?」


「恋愛感情・・・。あるいは、それに似た何か・・・」


「フフ・・・。あなたもそのような色恋沙汰にご興味がおありなのですね」


「冗談で言っているのではない。ただ、そんな気の迷いが陛下の身に生じているのであれば、看過できない事態だ」


「気の迷い、ですか…。果たしてそれは、陛下だけに言えたことなのでしょうか。あなたとて、他人事ではないと思いますが?」


「私が恋愛感情を抱いていると…? 誰に?」


「恋愛感情・・・とまでは言いませんが、強い憧れをお持ちでしょう。ご自覚がないのですか? まあ、無理もありませんね。その感情ゆえに、業務に支障が出ることなど、あり得ないのでしょう。他ならぬ、あなたのことですから」


「戯言はそれくらいにしておけ。それより、陛下が一介の人間ごときに(うつつ)を抜かしているようでは、仕える身にも危険が及ぶ。そうは思わないのか」


「陛下のお考えは我々の想像の及ぶ範疇にございません。我々が案ずる必要などないのです。それこそ盲目的に、信じていればよいだけの話なのです」


「狂信者めが。貴様、思考が鈍ったのか。もう歳だな。思い出せ。陛下が見据えているのは、この国の安泰などではない。もっと大きな目的のため、我々は仕えているのだ」


「ええ、覚えていますとも。あなたこそ、お忘れになったのでは? 我々は陛下の剣であり、盾となる身。陛下がお考えになる世界の結末に、突如現れた人間の子供が関係しようと些細なことに過ぎません。我々が心配する立場にいないのです」


「であれば、私があの小僧を始末しようと、取るに足らないことの一つだな…?」


「・・・ふむ」


 ジュードは何か言いかけたが、口を閉じた。


「ジュード、貴様と分かり合えずともよい。私は私の信じる道を選ぶ」


 カサンドラはそう言い捨てて、その場を去った。背後にジュードの視線を感じるが、彼は何かを言ってくるわけではなかった。


 静観しようというわけか。まあいい。話のはずみで至った結論だが、悪くない。陛下の目を覚まさせるためにも、あの人の子には死んでもらわねばならない。


 闇に紛れるカサンドラの、ただ口元だけが赤く浮かび上がっていた。

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