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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第一章 雷を呼ぶ青年
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力を持った少年

「どうじゃ、ライム。順調か」


 中庭で剣の稽古に励んでいたライムを見かけたフェベムは、気まぐれに声をかけた。


「ええ、まあ」


 それに気がついたライムは遠慮がちに答え、模造刀を持つ腕を下ろす。


「大会は目前じゃ。最後まで抜かりなく、仕上げておかんとな」


「はい・・・」


 出会ったときから、彼は口数が少なかった。一目見て、彼が転世か、あるいはそれに準ずる現象でこの世界に来たのだとわかった。見た目や服装はもちろんだが、何より特徴的だったのが彼の持つ特異な能力だ。


 荒野のど真ん中で遭遇したとき、ライムは三つ首の巨大な犬と対峙していた。ケルベロスと呼ばれるその生き物は、飼い慣らせば忠実な(しもべ)としての役割を果たしてくれるが、野生の個体は獰猛そのものだ。隣国からふらっと迷い込んできた人間がいれば、たちまち臭いを嗅ぎつけて襲い掛かってくる。訓練を積んだ兵士が十人――いや、二十人がかりでやっと倒せるかどうか。それくらい危険な相手だ。


 ラダンカでは、迷い込んだ人間に対する処遇は冷酷だ。フェベムの手の者に見つかれば、間違いなくその場で処刑される。そうでなくても、魔物の国に棲む生物は凶暴だ。自然界の掟に従えば、人間がどうなるかは想像に(かた)くない。


 フェベムは最初、ライムの実力を見定めるつもりでいた。転世したとあれば、何かの力を有しているのが定石だからだ。あるいは利用価値があるかもしれない・・・くらいの軽い気持ちだった。


 だが、彼の実力は常軌を逸していた。本人も知ってか知らずか、瞬く間にライムは銀の鱗を持つドラゴンに変身していた。その体躯は眼前のケルベロスの三倍はあり、翼を広げれば辺り一帯が暗く陰ってしまうほどだ。


 予想以上の光景を目の当たりにし、フェベムは心を動かされた。


 実のところ、最近は退屈していたのだ。


 父親が人間との戦争で敗北を喫してからというもの、周辺国家からの締め付けは厳しくなるばかり。じわじわと国境を狭められても、おいそれと文句を言える状況ではなかった。そもそも不毛なこの土地では国力も衰える一方で、ラダンカは衰退の一途を辿っていた。


 それもこれも、父親が戦争に負けたせいだ。人間側に与した転生者や転世者の力を見誤ったのが敗因の一つだったのだ。フェベムは何度か父のブラトニカに戦いをやめるよう進言したが、取り合ってはもらえなかった。


 父亡き後、敗戦処理を終えたフェベムに復讐を果たそうなどという野望が生まれるわけもない。日増しに衰退していく国でただただ無気力な日々を送っていた、矢先のことだった。


「ライム、少し付き合ってはくれぬか」


 額の汗を拭ったライムはポカンとした表情でこちらを見たが、幸い断られることはなかった。


 フェベムは給仕にイスやテーブルを用意してもらい、即席のお茶会を開いた。


「疲れたじゃろう。甘いものでもどうじゃ」


「ありがとうございます・・・」


 そう言いながらも、ライムは用意されたお茶やお菓子には手を付けることなく、まるで何か思いつめたかのようにテーブルを一心に見つめていた。


「どうしたんじゃ? 具合でも悪いのか?」


 心配してそう尋ねると、ライムは小さく口を開いた。


「フェベムさんは、王様・・・なんですよね?」


「いかにも。この見た目では、威厳の欠片もないじゃろうがの」


「いえ、そんなことは・・・」


「なんじゃ、言いたいことがあるならはっきりと言うがよい。わしもお主に、いろいろと聞いてみたいことがあるからの」


 ライムはまた口を閉じてしまったが、落ち着かない様子で目を左右に動かしたあと、何かを決心したかのように小さく深呼吸した。


「・・・どうして僕を、助けてくれたんですか?」


「なんじゃ、そんなことか。なに、わしがあの場におらずとも、ケルベロスごとき、お主自身の力でなんとかしておったであろうよ」


「ぼ、僕は――! ・・・僕はわからないんです。どうして自分はここにいるのか。ここはどこなのか。あの力は、いったい何なのか・・・」


「不安なのじゃな」


 フェベムの一言に対し、ライムは小さく頷いた。


「そうじゃなぁ。わしも全てを知っているかと聞かれたら、首を横に振ることしかできん。じゃが、いくつかわかっていることもある。それをお主に教えよう」


 フェベムは自分の知り得る限りの情報をライムに話した。


 この世界には、他の世界から生まれ変わった者、あるいは死の直前に転移してきた者がいること。そして、それらの者たちは世界を移動してくる際に、何かしらの能力を手に入れること。


「お主がこちらの世界に来る前に、どのような目に遭ったのかはわからぬ。しかし、何かの事情で向こうにおれなくなったから、ここに飛ばされてきたのじゃとわしは考えておる」


「・・・僕は、元いた世界で死んだんです。たぶん」


「そうか。それは辛い思いをしたの」


「僕はこの世界でも、もう一度死ぬんでしょうか・・・?」


「安心せい。お主は死なぬ。もしもお主が危険な目に遭ったとしても、わしが守ってやろう」


「フェベムさんが・・・?」


「いかにも。こう見えて、わしは結構強いのじゃ。のう、ジュードよ」


 遠巻きに控えていたジュードに、フェベムはわざと明るく手を振って見せた。


 微かに口元に笑みを浮かべて、ジュードは軽く会釈する。


「あなたたちはすごいですね。こんな過酷な環境に追いやられても、まだ笑っていられる」


「どういう意味じゃ?」


「他の魔物の方たちから聞いたんです。ラダンカは人との戦争に敗れて、それで苦しい状況にあるって。今度の大会は、その戦争で亡くなった王様の杖が賞品になっているとか。でも、考えてみたらそれって、すごく残酷なことですよね・・・」


 そこまで言い切ってから、ライムはハッと口をつぐんだ。


「すみません、亡くなった王様って・・・!」


「よいのじゃ。あやつはとんだ阿呆じゃったからな。死んで当然なのじゃ。おまけにラダンカをこんな目に遭わせおって。とんでもない置き土産じゃ」


「でも、みんなはいい王様だったって・・・」


「それで? 今の王様は腑抜けじゃとでも言っておったか?」


「いや・・・」


 バツの悪そうな顔をするライム。


 血気盛んな魔物連中が陰でコソコソといっておることはおおよその想像がつくというもの。先代の方が好感を得ていたことは、言うまでもない。


「わしはもう、父上の亡霊を気にしないことにしたのじゃ。あれはあれで、阿呆ではあったが悪い所ばかりでもなかった。それはわしもよく理解しておるつもりじゃ。それを踏まえて、わしはこの国を導く。同じ過ちを繰り返してはいかんのじゃ」


「・・・フェベムさんは、人と友好関係を築こうとしているんですか?」


「ふぅむ・・・」


 フェベムは顎をさすった。


「なかなかストレートな質問じゃな」


「あの、なんかすみません…」


「かまわぬ。わしも自分の目的のために、少なからずお主を利用しようとしておるのじゃ。お主には知る権利がある」


 と、偉そうなことを言ったものの、どうしたものかと内心フェベムは思った。


 ライムを殺人兵器に仕立て上げようなどと考えたことはないが、フェベムの行く道の先には必ず死体の山ができあがるだろう。その未来が見えていながら、人である彼に本心を言うことができようか。


 逆に考えれば、ここが転換期だ。ライムをこちら側に引き込むことができれば、後顧の憂いが一つ消えるというもの。遅かれ早かれ話さなければならない時が来るならば、いっそ今話してしまってもいいのではないか。


 いや、もしここで彼に拒絶されてしまえば、フランダルはどうする。あの転世者マニアは目的のためならば手段を選ばない。その点では自分と似通った点があるが、相容れない存在であることは確かだ。ライムは彼に対する唯一の切り札といっても過言ではない。目には目を、なのだ。


「今のところ、わしにその選択肢は用意されていないじゃろう。これにはいろんな要因が絡むが・・・、まあ、難しい話を抜きにするならば、ゆくゆくは、わしは人間と共存する道を探っていきたいと思っておる」


 フェベムが導き出した答えはこうだった。


「そうですか…。それを聞いて少し安心しました。でも、魔物と人が争うことは避けられないんですね…」


「すまぬな…。人であるお主にこんな話をして理解されるだろうなどと楽観はしておらぬ。じゃが、これを聞いてもお主はわしに協力してくれるか?」


「もちろんです。僕には助けてもらった恩がありますから。それに、フェベムさんが描く未来を、ちょっとだけ見てみたい気もするんです」


「そうか。その答えを聞いて、少し安心した」


「まずはトーナメントに出ればいいんですよね。みんなが言ってました。あれはお遊戯会みたいなもので、ただのお遊びだって」


「お遊戯会・・・?」


 フェベムはきょとんとして首を傾げた。


 城内にいる魔物たちと仲良くしてくれているのはいいが、あやつらの言うことを真に受けてもらっては困る。なにせ、戦と食うことにしか興味のないような連中だ。ルールあり、制限ありのホロウトーナメントをお遊びと思うのも無理はない。


「ぬう…。あやつら、勝手なことを言いおって。一応言っておくが、ホロウトーナメントは腐っても闘技大会じゃ。事と次第によっては死人が出るほどの過激な競技なのじゃ。もっとも、あの力をもってすれば、お主に敵う相手などおりはせんじゃろうがな」


「僕、頑張ります。フェベムさんが成し遂げたい夢、僕にもお手伝いさせてください」


 トーナメントが危険な物だと本当に理解しているのだろうか…。


 とにもかくにも、ライムの返答が予想以上に好感触なもので良かった。


「感謝するぞ、ライム」


 フェベムがそう言うと、伏し目がちに笑ったライムの頬がほんのりと赤く染まった。


 この絶好の機会、なにがなんでもものにしなければならない。


 ようやくカップのお茶に手を付け始めたライムを眺めながら、フェベムは何かを固く心に決めたのだった。

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