魔王の憂鬱
「さすがにやり過ぎたかの」
フェベムは肩眉を吊り上げ、独り言を呟いた。
だが、すぐに表情を戻し、部屋の入り口に立ったままのカサンドラに向き直る。
「カサンドラ、ご苦労じゃった」
「いえ・・・」
いつもなら去っていくはずのタイミングで、なぜかその場を動かないカサンドラ。
「どうした? もう下がってよいぞ」
「・・・陛下。陛下は、何を考えておられるのですか? まだ年端もいかない人間を傍に置くなど・・・」
カサンドラの言わんとすることを察したフェベムは問う。
「気に入らぬようじゃの。わしのことが信じられぬのか?」
「私は――」
言いかけて言葉に詰まるカサンドラ。
「わしとて、何の考えもなしにあれを隠しておるわけではない。現に、ホロウトーナメント出場も叶ったではないか」
「確かに今回のホロウトーナメントは大切ですが・・・!」
納得のいかない様子で食い下がるカサンドラは、いつもの冷静な彼女ではなかった。
「トーナメントに出るのは、ほんの小手調べじゃ。別にわしは、父の杖に何の興味もないのでな」
「ではなぜ・・・?」
「あの人間は理の番人に目をつけられるような逸材じゃ。成長すれば、必ずわしら魔物の悲願を達成するカギになるじゃろう」
聞きたい答えが聞き出せず、合点のいかない様子のカサンドラにフェベムは続けた。
「お主は、一国を潰せるか?」
「・・・」
カサンドラは何も答えなかったが、それが意味する返答はNOだ。
「そうじゃろう。無論、わしが力を振るったとてそれは叶わぬ。だからこそ、あれは切り札になり得るのじゃ。カサンドラ、お主は己の役割を全うしてくれさえすればそれでよい。わしの盾となり、剣となるのがお主の務め。表立って動くのは他の者に任せておけばよい。お主は陰に身を潜め、影に生きる者。努々、それを忘れるでない」
「はい・・・」
フェベムの、静かだが強い口調に押されたカサンドラがそれ以上何かを言うことはなかった。
依然として立ち尽くしたままのカサンドラの横を通り過ぎ、フェベムは廊下に出た。そこでは室内での会話を聞いていたのかいないのか、顔色一つ変えず待機するジュードの姿があった。
フェベムがジュードの傍で立ち止まると、彼は何かを察したのかフェベムに顔を近づける。
「理の王にライムの存在が知れたやもしれぬ。以降はぬしがついてやってくれ」
「わかりました」
声を落としてそう答えたジュードは軽く会釈すると、踵を返してその場を立ち去っていく。フェベムも羽織った布切れをはためかせながら、彼とは反対方向に歩き出したのだった。