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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第一章 雷を呼ぶ青年
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魔王

 フランダルとフェベムは、ある意味で旧知の仲だった。


 前王が亡くなった戦争の際、人間側に付いていた理外者を何人も処理したおかげで、結果としてフェベムやブラトニカに恩を売る形になった。もちろん、意図的にそうしたわけではない。フランダルは、自分自身の目的のために理外者を排除したのだ。


 フェベムのもたらした理外者の情報は、フランダルたち(ことわり)の番人が目的を果たすために非常に有用だった。ラダンカは戦争に勝つために番人を利用し、番人は理外者を排除するためにラダンカを利用した。利害の一致というやつだ。そこにはある種の友好的な協力関係さえ芽生えていたかもしれない。


 フェベムが理外者を匿っているのだとすれば、それは理の番人の仕事を知ってのことだ。つまり、彼の王は全てを知りながらリスクを冒してまで、何者かを隠匿していることになる。


 まさか、我々を見くびっているわけではあるまい。


 フランダルは微笑を浮かべた。


 そして、その笑みを(たた)えたまま、フェベム王の居城であるエルデンスルト城の門を叩いた。


 ただ見果てるばかりの荒野の中、地上にそびえるただ一つの目印として、はたまた、ここがラダンカであることを象徴する絶対的なシンボルとして、その城はあった。


 遠くから見ると、尖塔の連なる姿はどこかスレイド城を思い起こさせる。近づけば、この城を造ったのは同一人物ではないのかと疑念を持つほど、二つの城は似通っていた。


 スレイド城と同様、この城は人がここで生活することなど度外視したかのような造りだ。――そう、まるで設計者が、荘厳さと繊細さを突き詰めて考えたみたいな。


「フランダル・ゼキア様とお見受けいたします」


 城の外壁に施された装飾に見惚れていたフランダルは、門の横の小さな扉から出てきた人影に気が付かなかった。


 細身で長身。白髪交じりの髪は後ろに撫で付けてきっちりと整えてある。来ている燕尾服はまるで新品のように手入れが行き届いている。


「ああ、そうだ。あんたはたしか――」


「執事のジュードでございます」


 言いかけたフランダルを遮って、ジュードは軽く一礼した。


 彼の姿は何度か見かけたことがある。それもかなり前の話だが、見た目は少しも変わっていないようだ。


「フェベム王にお目通り願いたい」


「陛下とお会いになられるのでしたら、前もって知らせてくださいませんと」


「急ぎの用件なんだ。非礼は詫びよう」


「ひとまず中へはお通ししますが、陛下が会われるかどうかは保証しかねます」


「かまわない」


 ジュードは今しがた自分が出てきた扉からフランダルを中に案内した。


 表から見えていた巨大な門は、直接謁見の間に通じていた。あの見上げるばかりの高さの城の内部は、大半が謁見の間で構成されているようだ。派手な装飾こそ見受けられないものの、その空間は圧巻の一言に尽きる大きさだ。


「こちらでお待ちください」


 等間隔で並ぶ人の腕では抱えきれないほど太い柱に、沿うようにして備え付けられた簡素な木製のベンチに、フランダルは誘導された。


 奥へ去っていくジュードを傍目に、城の内部を観察する。


 見れば見るほど、スレイド城に似ている。大きく違う点があるとすれば、スレイド城にこのような豪勢な謁見の間は設けられていないことだった。そもそも、あの城は城主が常駐するためのものではなく、ある地点と地点とを結ぶ要所として建設されたものだ。要塞に近い役割を担うスレイド城に、豪奢な広間は必要ない。


 しばらくして、ジュードが戻ってきた。


「陛下が会われるそうです」


 そうとだけ言って踵を返すジュード。ついて来いというのだろう。


 歩くだけでも数分かかる広間を通り抜け、玉座と思しき場所の脇にある扉を抜けて廊下を進み、突き当りまで行ったところでジュードは足を止めた。


 そのまま右側にある重厚な木の扉をノックする。


「陛下、お客人を連れて参りました」


「通せ」


 扉越しでくぐもってはいるが、幼い少女を思わせる声が聞こえてきた。


 ジュードが扉を開き、フランダルは中に入る。


 石造りの無骨な部屋は、どうやら王の寝室のようだ。まず目に入るのが天蓋付きのベッド。そして、これまた取り立てて特徴のない暖炉が一つ。鏡台や衣装箪笥なども見て取れるが、派手な暮らしをしている様子はない。


「どうじゃ、質素なものじゃろう。生活に必要な物など、この程度じゃ」


 火のない暖炉の(かたわら)に立つ少女。人間にして(よわい)は六歳か、もう少し幼いかもしれない。ウェーブがかかった茶色い髪を肩まで伸ばし、魔力を(たた)えた瞳は紫色に輝いている。布の切れ端に見えなくもない白いワンピースを着ていて、それ以外には何も身に着けていない。


「少し暗すぎないか?」


 フランダルは挨拶代わりにいちゃもんをつけた。


「たわけ。寝室に明かりがいるものか」


 フェベムはさながら少女のようにクスクスと笑った。


「窓もいらない?」


「いらぬ」


「靴は?」


「あんなもの履いておったら、暑くてかなわぬ。できることなら、この布切れでさえ脱ぎ捨ててしまいたいくらいじゃ」


 フェベムはワンピースの裾をつまんで怪訝な顔をした。


「でも、脱がない。いや、脱げないんだな」


 ジュードの強面を想像して、フランダルは笑みを浮かべる。


「あやつは気の利く場面もあるが、どうも意固地でな。年を取ると、誰しもそうなってしまうらしい」


 彼女は自分の年齢を知っているのだろうか。フランダルの知っている範疇でも、彼女の年齢は優に百歳を超えているはずだ。


「それで、今日は何用じゃ?」


 フェベムはさも興味なさげに尋ねた。


「ああ、実は、この国で不穏な噂を耳にしてな」


「ほう、噂、とな。よもやお主が根も葉もない噂話ごときで、このような地まで足を運ぶとは思えんが」


「単刀直入に聞こう。フェベム王。この国に人間が紛れ込んではいないか」


 少しの間があって、フェベムは不敵な笑みを浮かべた。


「クク・・・、人間か。紛れ込んでおるとも。今こうして、目の前に立っておるではないか」


 挑発しているのか、それともただ誤魔化しているだけなのか。いずれにしろ、彼女の発言は正しいものとは言い難い。もし人の存在を隠しているのだとすれば、紛れもなくこれは(ことわり)の番人に対する挑戦だ。


「ラダンカの王よ、真面目に答えてもらいたい」


「・・・お主、わかっておらぬな。ここがどういう国で、どういう場所なのか。わしがみすみす人間を紛れ込ませ、野放しにしているとでも?」


 確かに、人間が魔物の国に侵入したとなれば、真っ先に魔王の耳に報せが届くはずだ。それでなくても、物陰に潜んだ侵入者を嗅ぎ分けることくらい、魔王を始めとする魔物たちにとっては造作もない話だろう。


 だが、だからこそなのだ。


「まさか、だよな。そんなことがあり得るなんて。にわかには信じがたいことだ。そして、あってはならないこと・・・。その認識で相違ないか?」


「無論じゃ。何人(なんぴと)たりとも、この城――いや、この国に人間が往来することが(まか)り通ってはならぬ。そしてそれは、お主とて同じじゃ、フランダル。気づいておるのか?」


 挑発的な視線。


 フランダルは背後に殺気を感じた。恐らく、暗殺者の(たぐい)だ。


「やあ、カサンドラ。今日も相変わらず機嫌が悪そうだな。どこかの国王と同じで」


 背後の気配に問いかけると、やはり想像していた通りの声色で返事が返ってきた。


「口を閉じていろ、ケダモノ」


 低くドスの効いた女性の声。フェベムの側近の一人で、アサシンと名高い悪魔だ。黒い戦闘服で全身を覆い、口元には常に布を巻いている。首から垂れさがる長い臙脂色のスカーフが彼女のトレードマークと言ってもいい。


「やれやれ。フェベム王、あなたは我々に協力する気がないようだ。残念だが、今日の所は退散させてもらうよ」


 フランダルは両手をヒラヒラと振って見せた。


 ジュードとカサンドラに背後から睨まれながら、半ば追い出されるようにして城を出たフランダルは空を仰いだ。


「ドグ、いるんだろ?」


「はい」


 一切の気配を感じさせずに、ドグは背後に現れた。


「潜入だ、ドグ。城の内部をくまなく調査しろ。特にフェベム王の動向を入念に調べるんだ」


「わかりました」


 言うが早いか、ドグは瞬く間に姿を消した。


「まさか、あそこまで露骨に拒絶されるとはな・・・」


 しみじみと呟いたフランダルは、巨大な影を落とす城を振り返った。


「さて、しばらくは観光だな」


 冗談交じりに言って自嘲気味に笑ったフランダルは、静かにその場を去ったのだった。

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