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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第三章 災禍の歌声
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幻想世界

「なるほどな。こんな奇策も用意していたとは。理の番人とやらもなかなか侮れん」


 毅然として立つシャルナの前で、その兵士は言った。


 ゆっくりとヘルメットに手をかけ、顔をあらわにする。


「あなたは……」


 シャルナの目に映ったのは、アンナの妹、ビルナの姿だった。


「今さら隠す必要もなくなった。もう姉とは縁を切るつもりだしな。それにこれも――」


 そう言って彼女は、耳に詰めていたものを引っ張り出した。


「これですっきりした。やれやれ、なかなか厄介な力だ」


 耳栓を地面に投げ捨てて、ビルナは首を鳴らす。


「ビルナさん……。あなたもアンナさんやジェイくんのことを思っていたんじゃないんですか」


「あたしが……? まさか。それに、ビルナという名前はとっくの昔に捨てた。今はビニャクと呼ばれている。ダラムーダ様から頂いた名だ」


「どうしてダラムーダの手下なんかに――」


「どうして? そう聞かれてもな。強いて言うなら、あのガキが悪いのさ。よりによって姉のところになんぞ転がり込みやがって。おかげであたしに白羽の矢が立った。お前ならうまく言いくるめられるだろうとな」


 吐き捨てるような口調は、アンナ宅で怒っていたビルナのときよりも粗野で乱暴だ。


「でもあなたは、その前に兵士の格好でジェイくんを連れ去ろうとした。そうでしょ? 最初から話に行かなかったのはなぜ?」


「うんざりしてたからだ。姉はあたしの立場を考えなかった。あたしはロド教会でダラムーダ様のもとに仕えているというのに、あの女は『宗教なんて信じない』の一点張りだ。そのせいで、教団内でもずっと憂き目にあってきた。あいつは異端者の妹だとね」


「たったそれだけの理由で、家族と縁を?」


「それだけだと!? 何も知らずに、簡単に言うな。あたしたちは教会で育てられたんだ。他ならぬダラムーダ様にね。なのにアレは、恩を仇で返す様な真似をして――、恥を知れってんだ!」


 ビニャクの怒り、そして恨みは相当なもののようだ。アンナのことを話すたびに、爆ぜる火のように声が荒くなる。


「だけど、アンナのことでとやかく言われるのももう終わりさ。ガキを連れて行けば、あたしも教団の中でちゃんとした地位に就ける。姉との縁も切れるのさ。さあ、おしゃべりはここまでだ。とっととこのクソッタレな仕事を終わらせてやる」


 とても聖職者とは思えないセリフを吐いて、ビニャクは向かってきた。


 相手が誰だろうと、やるしかない。彼女を説得する選択もわずかながら垣間見えたが、あの様子から察するに、それは不可能だろう。


 早々に見切りをつけて覚悟を決めたシャルナもまた、真っ直ぐビニャクの姿を見据えた。


「うおらっ!!」


 シャルナが詠う間もなく突進してくるビニャク。


 詠う隙をつくらせないつもりか。


 地面に身を投げ出して回避したシャルナに、更なる追撃の手が加えられる。


 必死になって地面を転がるシャルナ。血眼になって串刺しにしようとするビニャク。


 ――たとえ小さくてもいい。ほんの少しでも声を出せれば。


 うつ伏せになった拍子に、シャルナは空から襲ってくるビニャクには脇目も振らずに走り出した。


 そのまま全力で丘を駆け上がり、アンナの家に飛び込む。すぐさまカギをかけ、乱れる呼吸を整える。


 ビニャクは重い甲冑のせいで後れを取ったようだ。走る鎧の音はまだ遠い。


「地を裂き、猛り、燃え盛れ。憤怒の炎、災いの象徴。鉄纏う者には灼熱の業火を。我が内なる怒りの焔となりて――」


 ドンッ!


 けたたましい音がして、ドアが蹴破られた。


 息の切れたビニャクが、獲物を追い詰めた猛虎の如く向かってくる。


「手こずらせやがって、クソが!」


「――迸れ!!」


 最後のフレーズを詠い終わったシャルナの周囲を、瞬く間に炎が取り囲む。


「ぐ、ああッ!!」


 巻きあがる火に怯んだビニャクは、顔を覆って後ずさった。


 だが、火はとどまることを知らずに燃え広がっていく。竜巻のように巻き上がり、家はおろか丘全体を焦土と変えた。


「ぐあ、あああああ!!」


 火に包まれたビニャクはこの世のものとは思えない悪魔のような叫び声をあげていたが、やがてぱったりと静かになると、その場に倒れて動かなくなった。


 その様子を静観していたシャルナは、火の中に座り、トーマスの助けが来るのを待った。


 彼が術を解けば、自分もここから出られるだろう。あるいは自ら脱出方法を探してもいいのだが、この火の海の中ではとても動けそうにはなかった。


 お願い、早く。私が自分の炎で焼かれてしまう前に。


 炎の渦の中で、シャルナは目を閉じて祈った。

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