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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第三章 災禍の歌声
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唯一の手段

 やはりと言うべきか、トーマスとともにジェイを連れて帰る道中、それは現れた。


 銀色に赤い装飾の施された甲冑を着て、三人の前に立ちふさがる兵士。クラド聖騎士団だ。


 日の暮れかかった丘陵の上で、眼前の兵士は無言のまま立っている。


「気をつけろ、シャルナ。何か様子がおかしい」


 ジェイを後ろ手に庇いながら、トーマスが釘を刺す。


 兵士は何を言うでもなく、ゆっくりとこちらに歩き出した。


 単にすれ違うだけのつもりなら、こちらから手出しするのもおかしな話だ。


 シャルナとトーマスはジェイの前に立って、兵士の出方をうかがう。


 このまま何事もなく通り過ぎてくれればいい。そう思ったが、やはりその考えは甘かった。


 トーマスの目と鼻の先まできた兵士はピタリと止まって、彼の足元からのぞき込んでいたジェイの腕を強引に引っ張った。


「やめろ!」


 突き放そうと手を出すトーマス。


 兵士は邪魔が入ったことでジェイの腕を離したが、代わりにトーマスの腹を殴りつけた。


「うぐっ」


 腹から空気を押し出され、苦しそうに呻くトーマス。


 すかさずジェイに掴みかかる兵士。


「はなせ!」


 両腕で肩を掴まれたジェイが声を発した。


 この子の声を聞くのは、シャルナもこれが初めてだ。


 子供が急に大声を出したので驚いたのか、はたまた例の力の仕業なのか、兵士は弾かれるように腕を離した。


「やはり、この子供は――」


 兵士のかぶったヘルメットの中からくぐもった声が聞こえた。


 目的は、やっぱりジェイか……!


「鎧の者、意思を惑わせ、夢と現の狭間を揺蕩う。揺らぎ、彷徨え、天地を返して狂え」


 シャルナが詠う。これで相手は立っていることもままならないはずだ。


 予想に反して、兵士はまるで動じない。


 ――効かない? どうして?


 動揺するシャルナに向かって、兵士は腰に携えていた剣を引き抜いた。


「シャルナ!」


 叫んだトーマスはほぼ同時に、横から兵士に体当たりする。


 ヘルメットのせいで視界が限られているのだろう。兵士はトーマスの体当たりをもろに喰らって、道から外れた草地に転がった。


 しかし、全身を甲冑に守られていては大したダメージを与えられない。相手は武器も所持している。


 トーマスは咄嗟の判断で身を引き、覆いかぶさる障害を切り払おうと剣を振る兵士の一撃を回避した。


「どういうことなの? 私の歌が効かないなんて」


 隣に戻ってきたトーマスに、シャルナは意見を求めた。


「わからない。ただ、朝のヤツと中身がおんなじなら、シャルナの攻撃に対する防御策を講じてきたのかもしれない」


 この短時間にシャルナの力を見切り、対策を練ってきたのだとしたら相当な切れ者だ。


 シャルナの能力は、相手が聞くことによってはじめて効力を持つ。耳栓などの道具を使うだけで防げてしまうのだ。


 しかし、例外もある。対象を特に指定しない場合、シャルナの力は無尽蔵に発揮される。極端な例で例えるなら、雨が降ると詠えば全世界で天気が荒れ、地面が揺れると詠えば世界各地で地震が起きるというものだ。


 これには欠点もあり、その効果は詠った本人でさえ制御ができない。相手を攻撃するために火を起こそうものなら、途端に世界全体が火の海に包まれることになる。シャルナ自身、それで過去に大災害を引き起こした経験がある。


「このままじゃジェイが連れて行かれちゃう」


 自分の能力を封じられた今、頼みの綱はトーマスだけだ。


「僕が相手をする。その間に、君はその子を連れて逃げろ」


 あろうことか、トーマスは己を犠牲にすると言い出した。


「ダメよ!」


 ジェイはもちろんのこと、トーマスにだって犠牲になってほしくはない。


 相手は戦闘に関しては手練れだ。対してトーマスはというと、能力そのものは使えれば強力だが、この状況では欠点がありすぎる。それに、彼には戦いの経験などない。まともにやりあえば結果は目に見えている。


 考えあぐねた末に、シャルナはある結論を出した。


「トーマス、私に考えがある」


「何をしようっていうんだ」


 望ましくない予感がしたのか、トーマスは難色を示した。


「私とあいつを、一緒に幻想世界に飛ばして。その中で決着をつける」


 自分とトーマスの利点を最大限に生かした作戦。トーマスは自分で描いた絵の中に人や物を転送する力を持っている。その中でなら、どれだけ歌を詠っても現実世界に影響が及ぶことはない。


「そんな無茶な。それならあいつだけを飛ばして――」


「それじゃすぐに戻ってきてしまうかもしれない。お互いの手の内を知られてしまったら、私たちに勝ち目はないわ」


 トーマスの能力の欠点。それは、絵の中の世界から戻ってくるための方法がいくつかあることだ。簡単に思いつくようなものではないにしろ、永遠に閉じ込めておくことはできないのだ。加えて、幻想世界に送り込んだ後はトーマス自身が絵に触れていなければ、その効力を失ってしまう。


 絵を持ち運んでいる最中に突然出てこられたら、不意を突かれるのはこちらになる。かといって絵を置いていけば、即座に現実世界に戻ってきてしまう。


 最も効果的なのは、相手を幻想世界に送り込んだあとに絵自体を燃やしてしまうことだが、今の二人は火を起こす道具を持ち合わせていなかった。


「中であいつと戦って、勝てる保証なんてないだろ?」


「わかってるわ。だけど、絵の中でなら好きなだけ歌を詠うことができる。それしか方法はないわ」


「バカげてる! そんな危険な賭け……」


「言い合ってる場合じゃない! 私を信じて!」


 迫ってくる敵とシャルナの気迫に根負けしたのか、トーマスはしぶしぶ了承した。


「……わかった。必ず、君を連れ戻す。君も死ぬんじゃないぞ」


「ええ。お願い」


 トーマスは背負っていたバッグからアンナの家が描かれたキャンバスを引っ張り出し、シャルナに斬りかかろうとしていた兵士に向けた。


 二人の姿が歪み、渦を描くようにして絵の中へと吸い込まれていく。


 絵画に、アンナの家を背景に対峙するシャルナと兵士が描かれていることを確認したトーマスは、それを小脇に抱えると、ジェイの手を引いて薄暗くなった街道を走り出した。

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