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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第三章 災禍の歌声
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ジェイのために

 ジェイのせいで、私たち夫婦の穏やか生活は一変した。夫は一週間近く帰ってこず、近隣の住民がこちらを見る目も180度変わった。


 机に向かって頭を抱えていたアンナは溜め息を漏らす。


 ジェイのせい――というのは、無責任かもしれない。では誰のせい? 夫? それとも夫の妹?


 結局、誰に責任転嫁しようと現状は変わらない。でも、自分が肩身の狭い思いをしなければならないのは理不尽だと思う。


 家に来るのはジェイに興味を持った見知らぬ人間ばかり。誰も彼もがあの子をどうにかしようと言い寄ってくる。


 ――また客人だ。


 ドアを叩く音を聞いたアンナは、重たい腰を上げて玄関口へ向かう。


「アンナ、大丈夫?」


 ドア越しに聞こえた声は、自分もよく知る人物のものだった。


「ビルナ?」


 扉を開くと、そこには妹の姿があった。


「噂を聞いて来たんだけど、大丈夫なの?」


 妹のビルナは、アンナの脇を通り抜けて中へと入っていく。


「あなたが来るなんて、いったいどこまで広まっているの?」


「少なくともネレネアまでは。教会の人が来たんじゃない? 悪魔を取り払うとかなんとかで」


「そんな話まで知ってるのね。でも断ったわ。なんだか不気味だったし。今でもあの子のしたことが信じられないの。何かの思い違いじゃないのかしらって」


「そんな楽観的に構えてる場合? 教会の人が助けてくれるっていうなら、受け入れるべきよ。あの子の将来のためにもね」


「だけど……」


 アンナが決めかねているのには理由があった。


クラド聖騎士団のことだ。今朝、ジェイを強引に連れて行こうとしたのだ。あれがジェイのためを思ってやったことだとは思えない。


ビルナにそのことを打ち明けようかとも考えたが、それもためらわれた。彼女はロモエッダ教会のシスターで、敬虔なロド教会の信者だ。教会のことを悪く言えば、どんな反応が返ってくるかはおおよその予想が付く。


「教会が嫌なら、孤児院に預けるっていうのはどう? あそこなら同世代の子もたくさんいるし、少しは安心じゃない? それでも気になるなら、私が定期的に様子を見に行ってあげてもいいし」


ビルナの言う孤児院とは、ネレネアにある孤児を育てている施設だ。運営はロド教会がしているので、教会に預けるのと結果は何ら変わらない。


「そう……?」


 お茶を濁すように、アンナは返事をした。


「姉さん。あの男のせいで、こんな目に遭うのはおかしいよ。このままじゃ村八分だよ? そうだ、一緒にネレネアに住むのは? 住む場所なら、私がなんとかするから――」


 ビルナの話を遮るように、誰かがドアを叩く。


「誰なの? 今大事な話をしてるのに」


 鋭い目つきでドアを睨むビルナをよそに、アンナは戸口に向かう。


 扉を開けた先に立っていたのは、あの薬草医だった。


「アンナさん」


「ああ、シャルナさん」


「中に入っても? ジェイくんのことで話が――」


 そこにビルナが割って入る。


「ちょっと、誰なの?」


「ビルナ。こちらは薬草医のシャルナさんよ。ジェイのことで相談に乗ってもらっていたの」


 眉間にしわを寄せたままのビルナは、軽くシャルナを一瞥した。


「私の妹のビルナです」


 アンナが言うと、シャルナは丁寧に会釈をする。


「初めまして」


「ビルナとも、ジェイのことについて話をしていたんです」


「そうですか。今、ジェイくんは?」


「トーマスさんと裏で絵を描いています」


「特に変わったこともなかったですか?」


「ええ、おかげさまで」


 シャルナを中に通して、客人の二人にお茶を淹れる。


シャルナはともかく、ビルナの方は彼女の存在が気に入らないようだ。家の中をうろうろと歩き回り、時折ネズミでも見るかのような視線をシャルナに向けている。


「その、考えたんですけど、やっぱりジェイくんのこと、私たちに預けていただけませんか?」


 そう切り出したシャルナにビルナは噛みついた。


「ちょっと、何言ってるの? とんでもない」


「ビルナ、落ち着いて」


 アンナがなだめるが、ビルナは今にもシャルナに跳びかかりそうな勢いだ。


「あの、あまり人には言ってないんですけど、実は私にも不思議な力があるんです。具体的な説明は難しいですが……。簡単に言うと、歌にのせて発した言葉が現実になる、みたいな」


「歌……?」


 アンナは聞き返した。


ジェイのような力を持つ人が、他にもいただなんて。もしかしたらこの力は、そんなに特別なものでもないのかもしれない。


「はい。ジェイくんの能力は、詳しく調べてみないとどういう性質のものか判別はできませんが。私と似たものであるなら、支えてあげられるんじゃないかと思うんです。それこそ、制御する術を教えたりとか。ゆくゆくは人のために役立てることもできると思います」


「にわかには信じられないけど……。たしかにあなたは、ジェイを連れ去ろうとした人を追い払ってくれましたよね。あの時も、その力で?」


「ええ、そうです」


 二人のやり取りを静観していたビルナが見かねて声を荒げる。


「バカ言わないで。そんな奇跡みたいなこと、そう簡単にあるわけないじゃない!」


 しかしアンナは、二人にジェイの身を任せることを考え始めていた。


ここにいても、自分はジェイに何もしてあげられない。それどころか、もっと恐ろしい目に遭うかもしれないのだ。シャルナもトーマスも、ジェイを守れるだけの素質を備えている。今朝のことで、それは実証済みだ。


「トーマスさんもジェイと仲良くしてくれていますし、あの子のためになるというのなら、預けるべきなのかもしれませんね……」


「信じられない。こんなどこの誰とも知れない人たちに、ジェイを預けるっていうの!?」


 ビルナは猛反発だ。


「私たちも、預かりっぱなしにしようとは思っていません。ジェイくんの身の安全が保証されたら、おうちに帰します。私の家は近いですし、ジェイくんの力の制御を手伝う作業は、週に何度か通えば可能ですからね」


 結果的に、アンナはシャルナにジェイを預ける選択をした。


ビルナは最後まで反対していたが、アンナの意思が変わらないと見るや家を飛び出して行ってしまった。


妹も、ジェイや姉のことを思っていろいろと言ってくれていたのだと思う。彼女は教会に全幅の信頼を置いているだろうし、自分や教会のことを姉に信じてもらえなかったことがショックだったのだろう。


別れの時も、こちらからの呼びかけに反応のなかったジェイを不安に思いつつ、アンナはシャルナとトーマスに連れられて去っていく三人の後姿をいつまでも見送った。

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