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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第三章 災禍の歌声
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呪われた子

 小さな集落の中で噂が広まるスピードは、燃え広がる山火事のように早い。シャルナとトーマスが誰に尋ねても、全員が件の子供について知っているようだった。


 村人たちの言う、呪われた子がいるとされる民家にたどり着いた二人は、ドアをノックして家の外観をしげしげと眺めた。一見するとどこにでもありそうな雰囲気だ。変わった様子は見受けられない。


 戸口に出てきたのは、ふくよかな体つきをした中年の女性だった。


「どちら様ですか?」


 落ち着いた物腰だが、どこか不安そうな表情で彼女は言った。


「あの、突然お邪魔してすみません。私はシャルナといいます。こちらはプランツさんのお宅で間違いないですか?」


 近隣の住民から聞いた名前を言うと、女性の表情はますます暗くなる。


「ええ、そうですけど」


「では、あなたがアンナ・プランツさん?」


「はい……」


「私たち、近くで薬草医をしていまして。あの、聞いたことありませんか?」


 少しでも彼女の不安を取り除こうと努めて柔和に接するも、その姿勢が返って不信感をあおっているようだった。


「さあ……。私、何かお願いしましたっけ?」


「あ、いえ、お願いというか、そういうのはされてないんですけど。こちらに変わった力を持ったお子さんがいらっしゃると聞いて来たんです」


 どうやら子供目当てに家を訪ねてきた人物は一人や二人ではないらしい。うんざりした様子のアンナは答える。


「さっきも教会の人たちが来て、あの子を連れて行こうとしました。あなたたちも、あの子が物珍しいから面白がって来たんじゃないんですか?」


「私たち、教会とは関係ありません」


 その言葉を聞いて、アンナは少し考える素振りをして見せた。


 自分の子供が近隣住民から好奇の目で見られていては居心地が悪いのだろう。かといって頼れる相手もいないというのが本音か。


 シャルナは彼女が決断を下すのを辛抱強く待った。


「どうぞ」


 悩みぬいた挙句、アンナは二人を中に入れることを選んだ。


「ありがとうございます、お邪魔します」


「僕は外で絵でも描いているよ」


 家に入っていくシャルナに、トーマスは言った。


「わかった」と返事をして、中へ通されるシャルナ。


 家の中も、特に変わった様子はない。ひょっとしたら魔除けの類でも飾り付けられているかと思ったが、教会もそこまであくどい商売をしてはいないようだ。


「あの子がジェイです」


 部屋の片隅で座り込み、木彫りの馬を片手に遊ぶ男の子。年は見たところ4、5歳だ。黒髪の、暗い影など感じさせない可愛げのある子供だ。


「初めまして、ジェイくん」


 しゃがみこんで挨拶するが、こちらを向く素振りさえ見せない。


「あまり喋らない子なんです。人見知りも激しくて」


 アンナがすかさず補足する。


「主人が、亡くなった妹の子だと言って連れて来たんですが、まだ新しい環境に慣れていないみたいで。私や主人にも、滅多に口をきいてくれないんです」


「そうなんですね」


 ジェイから少し距離を置き、シャルナはアンナから話を聞くことにした。


「ご主人は?」


「ええと、例の一件があってから、家には帰ってきていません。聞いた話では、仕事をクビになったとかで……。近所の木こりの組合で働いていたんですが、その、小さい村ですから……」


 彼女の言わんとしていることはわかる。


 小さな村では、住民にとってのほんの些細な違和感ですら命取りだ。よくない噂が広まれば、途端にグループから切り離されてしまう。


「それでその……、ジェイくんは具体的には、何をしたんでしょうか?」


「この辺りは野犬がたびたび出るんです。野生の動物なら他にもいろいろ出ますが、野犬は特に凶暴で。ジェイが家の前で遊んでいるときに、たまたま出くわしたんです。それでたぶん、この子は驚いてしまったんです。この子の大声はうちの中からでも聞こえました。慌てて外に出たら、犬が――」


「死んでしまっていた?」


「そうです。惨い光景でした。まるで頭が爆発したかのような……」


 そこまで言いかけて、アンナは口元を覆った。恐らくその凄惨な情景が目に浮かんできたのだろう。


 話を変えようと、シャルナは教会のことについて尋ねた。


「さっき、ロド教会の人たちが来たと言っていましたよね。何をしに?」


「さあ……。この子には悪魔が憑いている、放っておいたら怪物になってしまうと言っていました。悪魔祓いをするから、教会へ連れて行くとも。私は信心深い方ではないので、断ったんですけど。それに、すごい剣幕で少し恐ろしかったのもあります」


 彼女はこの地域の人間にしては珍しいタイプのようだ。リクリシア国内でロド教を崇拝していない人間は絶滅危惧種だ。


「ロド教の信者ではないのですか?」


「ええ。だって、変じゃありませんか? 人を救うはずの神が、戦争をしようと言っているんです。こんなこと、大きな声では言えませんけど……」


「たしかにそうですよね。辛い状況にある人でも、教えによって救われることもある。だけど、その教えを利用して利益を得ようとしている人も中にはいますから」


「……ジェイには、何かの救いが訪れてほしいと思います。私がお腹を痛めて産んだ子ではないけれど、引き取ったからには責任を持って育てていきたいんです。ただ、それで教会に頼るのは少し嫌な気がしました」


 ジェイはどこにでもいそうな普通の男の子だった。


 教会が目をつけていることは気にかかるが、ジェイが再び事件を起こさなければ大丈夫かもしれない。それに、この母親は強い。ジェイの本当の母親ではないが、見た目とは裏腹に芯の強さを感じさせる。


 シャルナはもうしばらく様子を見ることにした。


「お邪魔しました。また近くに寄ったら、訪ねてもいいですか?」


「ええ、ぜひそうしてください」


 二人が訪問した時よりも幾分か表情が柔らかくなったアンナは、最後にささやかな笑顔を見せて戸を閉めた。

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