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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第三章 災禍の歌声
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気になる噂

 ノーレリア大陸の西方に位置する小国、リクリシア。アレド山脈の雪解け水が集まってできた美しい川を有するこの国は、独自に崇拝する宗教によって成り立っている。


 世間にロド教として知れ渡っているその宗教は、大陸全土を見れば信仰している人口は限られているが、ことリクリシアにおいては、国教に定められているほどだ。


 主に、神はこの世に一人だとする一神教派と、選ばれし人間を神の使いとして崇める教皇派が存在し、リクリシア国民は前者を崇拝していた。


 小国ながら宗教による支配の力は強く、今の今まで他国からの侵略を免れてきた数少ない国の一つである。力を持っている国としては他に、南方のエストリアやアルメリア、北のノースバルストスやクルータノ、さらには西方の海に浮かぶ島々からなるヘクルーガなどが挙げられる。どの国も戦いと侵略の歴史を持っており、強国として名高い。


 が、リクリシア王国はそれらの国々に隣接していないこともあり、長らく平和を謳歌していた。


 その均衡が破られたのは、ここ最近のことだ。


 国内でも有数の教会都市であるネレネアが、武装した教皇派の信徒たちによって占拠されてしまったのだ。


 それを指揮していたのが、隣国カストシアで枢機卿を名乗る、ギルダラ・エル・ダラムーダという男だった。


 ダラムーダはクラド聖騎士団と呼ばれる教会お抱えの兵団で構成された、カストシア軍の精鋭を率いて一挙にネレネアを攻め落とし、今にも首都のオーブレントまで侵攻してきそうな勢いだった。


 これに対し、リクリシア王国はカストシア皇国を糾弾。両国は本格的に戦争状態へと向かっていった。


 そのような情勢もあって、リクリシアを含む一帯を監視する役目を担っていた理の番人シャルナは、落ち着かない日々を送っていた。


 戦争が起こると、必ずと言っていいほど理外者が絡んでくる。まだシャルナの耳にそれらしき話は届いていないが、いつ何が起きてもおかしくない状況に気が気でなかった。


 占拠された都市ネレネアを遠方に臨むのどかな田舎で一人暮らしをしていたシャルナは、最近になってついに近辺にもクラド聖騎士団の姿がちらほらと見受けられるようになってきていることに気を揉んでいた。


 そんな折、一人の客人が彼女のもとを訪れたのだった。


「シャルナ、いるか?」


 ドア越しに声を聞いたシャルナは、それが恋人のトーマスだとすぐにわかった。


 トーマスは、リクリシア以南を監視している、シャルナと同じ理の番人だ。彼は時たま、こうして彼女のもとを訪れるのだ。


「いるわ、少し待って」


 窓辺の椅子に腰掛けて編み物をしていたシャルナは手を止め、玄関へと向かう。


 扉を開けると、トーマスが笑いかけてきた。


「早く入って」


 手を引いて中に入れる。


「どうした、今日は積極的だな」


 普段ならトーマスのほうから抱きついてくるところだが、シャルナの思わぬ行動に彼は笑いながら言った。


「ロド教会の人たちがうろついてるから。見つかったら何を言われるかわからないでしょう?」


 シャルナはキッチンに行ってポットに水を入れ、それを火にかけた。


「そうか、もうこの辺りも安全とは言えないんだな」


「残念ながら」


 トーマスはテーブルの上に、持ってきたカバンの中から土産物を広げ始めた。


「ラタナ産のブルーベリーに、フェクトニア産のコーヒー豆。こっちは、ズーレンドール名物の干しバシチだ」


「干しバシチ? なんなの、それ」


「魚だよ。小型の海水魚さ。それを浜辺で干して、保存食にしたものだ。見せたことなかったっけ?」


「ええ、初めて見たわ」


 物珍しさに顔を近づけると、トーマスに止められた。


「ダメダメ。このままじゃ臭いがきついからね。食べるなら火を通さないと」


「あら、ほんと。すごい臭い! ダメ、ちょっとしまってて」


 ツンと鼻に来るバシチの臭いを振り払おうと、シェルナは顔の前で手を仰いだ。


「ごめんごめん」


 バシチを葉に包んで、カバンの中にしまうトーマス。


「そういえば、ここに来る途中で妙な噂を聞いたんだ」


「…噂?」


「うん。なんでも、言葉で犬を殺した子供がいるとかなんとか…」


「どういうこと? 魔法か何かってこと?」


「どうだろう。魔法が使えるなら、犬を殺した話が噂として広まるのは変な気がする。それに、噂が本当ならとっくに王国軍か聖騎士団が真偽を確かめに行ってるだろう」


「それは、どこで聞いた話なの? もしかしたら、最近起こった出来事かもしれない」


 理外者と断定することはできないが、噂の正体を確かめる必要があるとシャルナは感じていた。もし軍に利用されるようなことがあっては、決してならないからだ。


「近くの集落さ。もしかして行く気かい? 今来たばかりなのに…」


 出かける支度をし始めるシャルナに、トーマスは不満そうな声で言った。


「ごめんなさい、すぐに戻るようにするから」


 トーマスの顔を両手でそっと包んで、彼の瞳を見つめる。


 碧くて透き通るように綺麗な彼の瞳は、知的な光を放っている。シャルナの好きなところの一つだ。


「僕も行くよ。何か手伝えることがあるかもしれない」


 見つめ返しながら、トーマスは言った。

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