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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第二章 花冠の王
33/44

三つ巴

 あった。巧妙に隠されてはいるが、たしかに人が住んでいる跡がある。


 森に分け入ったテムザが発見したのは、何者かが生活していたであろう簡易的なキャンプだった。枝を組み、葉を被せて作られたその小さな家は、森の中で目立たないようにカムフラージュが施されている。


「…そうか、エリックというのか」


 植物の声を聞いたテムザがつぶやくと、木の陰から少年の影が姿を現した。


「なぜここがわかった?」


 エリックは敵意をむき出して問う。


「少しばかり、盗み聞きをさせてもらった」


 手近に伸びていた枝を指でなぞりながら、テムザは答える。


「趣味の悪いヤツめ。何の用だ」


「単刀直入に聞こう。なぜヘイレス卿を殺した?」


「簡単な話だ。あの男は自分の領地で暴虐の限りを尽くした。これ以上に必要な理由があるか?」


「悪人だからとて、その命を軽んじてはならん。殺していい道理などない」


「秩序が保たれているうちはそうだ。だが、戦争はどうだ? 何の罪もない人間をたくさん殺しているだろう」


「だったら、お前が悪だと判断した人間を勝手に裁いても良い理由になるのか?」


「なる――」


「いいや、ならない」


 食い気味に言ったテムザに対して、言葉に詰まるエリック。


「…力を持つ人間は、その使い道を間違ってはいけない。あの男は自分より弱い立場の人間を虐げたんだ。俺は彼らの代わりにアイツを殺した。それが、力を授かった自分の使命だからだ」


「都合のいいように物事を解釈するな」


「わかってないようだな…。だがまあ、仕方がないさ。今にわかる。この世で正しいものは何か。貫くべき正義とは、どういうものなのかが」


 そう言うと、エリックは前に進み出て剣を抜いた。


「戦う意思はない。私は話がしたいだけだ」


「ならば去れ。俺にかまうな」


「それはできない」


 今にも跳びかかってきそうな剣幕のエリックを、テムザは地面から生やした木の檻で封じ込めた。


「その気がある、ということでいいんだな?」


「話を聞く気がないのなら、聞く耳を持たせるしかなかろう」


 紙を切るかのごとく容易く木の檻を切り裂いたエリックは、前傾姿勢になりながらテムザに向かってきた。


 並の人間の速度ではない。やはりこの少年は――。


 距離を詰めてくるエリックを、地面から伸ばした木の根で妨害する。


 エリックは右へ左へと素早く位置をずらして、それらを回避しつつ、なおも急接近してくる。


 宙に飛び上がったエリックの姿を見て、テムザは足元からツタを伸ばした。威力は弱いが、即効性がある攻撃だ。


 まるで生きているかのようにエリックの足首に巻き付いたツタを、そのまま地面へと鞭のように振り下ろす。


 が、地面との衝突の間際にツタを切り払ったエリックは衝撃を逃がすように着地とともに後方に回転し、すぐさま態勢を整えた。


 やはり一筋縄ではいかない。かなり戦い慣れている様子だ。


 テムザが額に流れる汗を拭おうとした、その時だった。


 背中を這い上がるような悪寒。そして、禍々しいまでの空気。


 周囲の雰囲気が一変したのを、エリックも感じ取ったようだ。彼も動きを止めて、警戒を強めている。


「ゼルヴェか…」


 強者が放つオーラは、独特のものがある。殺気とでもいうべきか。本人も自覚しないうちに、体内に秘めた強大なエネルギーが外へと漏れ出してしまうのだ。そしてそれは、そこそこ腕に自信のある者なら感じ取ることができる。


「気づかれてしまったか。ならば仕方がない」


 二人のちょうど間に姿を現したゼルヴェは、さもそんなことは思っていないかのような口調だ。


「何をしに来た、ゼルヴェ」


「理の番人が偉そうな口を叩くな。わかるだろう。理外の者がそこにいるのが。そのためにお前もそこにいるのだろう?」


 見覚えがあったのか、エリックが口を挟む。


「お前は屋敷にいた――!」


「いかにも。いい剣裁きだった。実に見事だ。だが、自分より格上の相手と戦ったことがないのだろう。私との戦闘の最中、動揺していたな?」


「なに…?」


「私のもとへ来ないか? 彼ら理の番人は、力を抑え込むだけで使おうとしない。一緒にいても、いいことなど一つもないと思うのだが」


「理の番人…? なんだそれは」


「それも知らないとは。説明してくれていれば手間が省けたものを。まあいい、特別に私から教えてやろう」


 ゼルヴェはテムザを指さした。


「いいか、そこにいる花冠のテムザは、草木を意のままに操る力を持っている。本来この世界にありはしない、異色の力だ。そういう才能ある能力を持った者のことを、彼らは理外者と呼んでいる。理を外れた者、という意味だ。彼らはそれを集め、秘密裏に管理しようとしている。世界に悪影響を及ぼさぬためだと称してな」


「誤った情報だ、エリック」


 テムザはエリックに言い聞かせようとしたが、即座にゼルヴェに遮られた。


「私なら、君のような人間を有効に活用できる。世界をより良くするために、力を鍛えることも。今みたいに地方を転々と回って、権力者どもを豚のように殺すのは効率が悪かろう。私が力の使い方を教えてやる」


「取り合ってはいけない。その力は本来、この世界に作用してはいけないのだ」


 テムザとゼルヴェ。その双方の意見を頭の中で咀嚼しているのか、エリックはしばらく黙ったままだった。


 やがて開いたエリックの口から出たのは、二人ともが望んでいなかった答えだった。


「俺は、どちらにもつかない。俺は俺の信じた道を行くだけだ」



「フン。主人公気取りもほどほどにしておけ」


 ゼルヴェが嘲笑う。


「お前もあの貴族と同じ、クズ野郎の臭いがするな」


 怒りを噛み締めて、歯の隙間から絞り出したような口調だった。


 それと同時に、エリックの持っている剣が仄かに緑色の光を帯びる。


「ほう…、精霊の力か」


 興味深そうに目を細めるゼルヴェ。


 このままいくと、エリックはゼルヴェと戦うだろう。ゼキア家の力を有するゼルヴェと、精霊の加護を持つエリックが争えば、自分の出る幕はない。どちらの力も、自分が本気を出したとて敵うものではないからだ。


 ここは不本意だが、このまま成り行きを見守るしかない。それに、もう少しすれば応援がやってくるはずだ。森の木々たちがそう言っている。


「力を持つ者が、正しい世の中を作らなければならない! お前たちみたいなのがいるから、この世界はいつまで経ってもよくならないんだ!」


「正義とはいつも、力ある者について回る称号だ。果たしてお前にその資格があるのか?」


 両雄は激しくぶつかり合い、一進一退の攻防を繰り広げ始めた。


 昔、フランダルから聞かされた話をテムザは思い返していた。


 精霊の加護は、それを持つ者の身体能力を飛躍的に向上させ、ある程度の魔力をも与えると言われている。その正体は、異世界から渡って来る途中で遭遇する未知の生物との融合らしいのだが、たしかなことはわかっていない。ただ、あまりに強力な力を使うと、使用者が融合した生物の姿へと変貌し、二度と人に戻ることができなくなるのだという。


 ゼルヴェとの衝突で、エリックはかなりの力を出しているように見える。このままでは、彼の身が危険かもしれない。


 もしものときは、この身を挺してでも――。


 タァンッ!


 不意に鳴り響いたのは、何かが弾けるような爆発音だった。


 エリックもゼルヴェも、お互いに見計らったかのように手を止める。


 そして、二人はそれぞれ後方に大きく飛び退き、距離をとった――かのように見えた。


 実際は違っていた。たった今二人がいた場所に、白と黒のモザイク模様をしたスイカほどの大きさの球体が現れ、そして消えた。


 二人は何がというわけではなく、単に危険を察知して飛び退いたのだ。


「オイオイ、避けちまったら弾が台無しだろうがヨォ」


 さっきまでの喧騒が嘘のように静かになった森の中に、しゃがれた男の声が響く。


「その声、聞き覚えがあるな」


 ゼルヴェは落ち着いた口調で言うと、声のしたほうに目をやる。


 エリックも声の主を確認した。


 二人の視線の先にいたのは、煙の上がったピストルの銃口をこちらに向けて立つ、カウボーイ風の男だった。ジャケットやシャツ、ズボンからハットに至るまで、着ているすべての服が擦り切れ、薄汚れてはいるが、手に持ったピストルだけはピカピカに磨き上げられている。


「ジャック・フィスターか? ずいぶんと厄介なのが現れたな…」


 ゼルヴェはそう言うと、片手をひらひらと振って見せた。


「退散だ」


「させねぇヨ」


「待て」


 弾丸を放とうとしたジャックを、テムザが制止する。


「逃がしちまっていいのかヨォ。せっかく仕留めるチャンスだったってのに」


「かまわん。それよりも、来てくれて感謝する」


「いいってことヨ。んで、あのガキンチョを殺りゃあいいのか?」


「いや、彼はまだ見込みがある」


 ジャックの登場で警戒を強めたのか、エリックはじっとこちらを見て身構えている。


「彼はジャック・フィスター。人呼んで、破滅の英雄だ」


 テムザはエリックにジャックを紹介した。


「俺の名を知らねぇのか。巷じゃちょいとばかし有名なんだがねぇ」


 そう言ってジャックは伸びた白い髭をさすり、ピストルをくるくると回してホルスターにしまった。


「誰だか知らないが、邪魔するなら容赦しない」


 エリックは敵意をむき出しにして言った。


「容赦なんざ、してくれなくてもかまわないぜ。こちとら久々の出勤でうずうずしてるもんでね」


 骸骨のように細い手の指をくねくねと奇怪に動かしながら、ジャックは言った。


「ここは彼を説得したい。協力してくれ」


 テムザが諭すと、ジャックは身を引く。


「もちろんだ、花冠のテムザさんよ」


「エリック。我々に争う意思はない。どうか落ち着いて聞いてくれ」


「あんたらについていっても、結局は力を利用されるだけなんだろう。そしてこの先も、あんたらはずっと俺みたいな人間を捜し続け、利用しようと近づく。俺にそれを止める力があるのなら、俺は諦めない」


 エリックは光を帯びた剣の切っ先をこちらに真っ直ぐ向けて言い放った。


「カタブツだなぁ。そんなに難しく考えなくてもいいってのにヨ」


「黙れ。俺は、あんたらみたいなのが嫌いなんだよ!」


 ジャックの一言が、どうやらエリックの闘志に火をつけてしまったようだった。


向かってきたエリックを止めたのはジャックだった。


 またも銃声が鳴り響き、森に静けさが戻る。


「あーあ、やっちまったヨ。動くもんを見るとつい手が反応しちまう」


 くるくるとピストルを回し、もう一度ホルスターに戻す。


 エリックの姿は跡形もなく消え去っていた。


「いや、彼にこちらに来る意思がない以上、これ以上の説得は無意味だっただろう」


「だからって、忍びないねぇ」


「さすがの腕前だった。早撃ちの技術は健在だな」


「射撃の腕はすぐ鈍る。全盛期比べりゃ、素人同然ヨ」


 ジャックは謙遜したが、テムザは内心ホッとしていた。来てくれていたのが別の人間だったら、あるいはやられていたかもしれない。それくらい、エリックは苦戦したかもしれない相手だったのだ。


「とはいえ、二人もの人間が死んでしまった。私としては、反省すべき点ばかりだ」


「そう暗くなるなヨ。うち一人を殺したのは俺だぜ? 責められるべきは俺だろうヨ。もしあんたが文句言われたら、俺が庇ってやる。だから落ち込むなって。な?」


「…ありがとう、ジャック」


 ジャックはそう言ってくれたが、どこか心に靄がかかったままのテムザだった。

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