後悔
先ほどから森にこだましている叫び声といい、ただならぬ雰囲気を感じ取っていたテムザは予想外の人物と遭遇していた。
膝をつき、ガックリとうなだれる男。あれは恐らくヘイレスだろう。そして、その後ろで剣の刃を拭っているのは――。
「ゼルヴェ卿か…?」
頭の中で似たシルエットを探した結果、行き着いた人の名前はそれだった。
ゼルヴェは何も答えず、ただ肩越しに振り返って不吉な笑みを浮かべると瞬く間にその姿を消した。
「ヘイレス卿…!」
微動だにしない彼に声をかけつつ駆け寄る。地面に倒れている女性の姿が視界に入るが、ひとまずヘイレスの無事を確かめる。
「どうした、何があった?」
「ああ、テムザ王…」
顔を上げたヘイレスは涙を流していた。
「その傷、ゼルヴェから受けたものか?」
「申し訳ありません。わたしは、わたしは…ぁ…」
ボロボロと泣き崩れるヘイレスは、事の顛末を話し始めた。
「母が死に、わたしは覚悟もないまま領主という責任を負わされました。クルータノからは圧力をかけられ、誰からかの刺客まで送り込まれ、仕舞にはミリアにも拒絶される始末。わたしには頼れる人も、心安らげる場所もなかった。そして、彼女に酷いことを――」
倒れている女性。彼女がミリアなのだろう。
彼はのしかかる領主の重責に耐えきれずにいたのだ。
テムザは彼の肩に手を置いた。
「最初から覚悟が決まっている者のほうが珍しい」
自分もそうだ、とは言わなかったが、テムザは内心、彼の姿を自分に重ねていた。
革命運動に身を投じることになったのは、今では右腕となって支えてくれているフランクの誘いだった。各地での戦いで勝利を収めていくうちに、いつの間にかリーダーに仕立て上げられてしまっていた。
その最中、自分の特殊な能力に気が付いた理の王と名乗る人物から誘いがあった。世界の均衡を保つために、力を貸してくれないかと。
思えば、どちらの決断にも自分の意思は大して反映されていなかったように思える。ただ人のためになるならばと、軽々しく受け入れてしまっていたのだ。
自分が彼と違っていた点を挙げるならば、それは支えてくれた周囲の人間の存在だろう。良くも悪くも、私の周りにはいつも誰かがいた。彼らと志を共にしているのだと思えば、多少の苦労は乗り越えられた。
ヘイレスには、その誰かがいなかったのだ。いや、見つけようとしたのかもしれない。必死に探して、救いを求めていたのだ。しかし、それは叶わなかった。
「己の過ちを後悔しているのだな」
彼の処遇はどうすべきか。
まず真実を洗い出すことが先決か。この場は一旦――。
突如、テムザの耳に聞き慣れない音が聞こえてきた。
熟れた果実を潰したような…、それでいて、薄い膜に針を突き刺したような音だ。
ふと見ると、ヘイレスの背中に一本の刃が突き立てられていた。
さきほどまで咽び泣いていたヘイレスの声はもう聞こえない。代わりに彼は、頭を直角に折って動かなくなっていた。
「なっ…」
突き刺さった刃から順に、視線を上へと上げていく。そこにいたのは茶色い髪をした少年だった。
「待て!」
咄嗟に叫んだが、少年はあっという間に森の奥へと姿を消してしまった。
私が気配に気が付かなかった。それも、森の中という自分の得意の領域で。
大きな謎を残したまま、テムザはミリアを抱えて村へと帰った。




