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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第二章 花冠の王
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ヘイレスの意地

 ミリア…。ミリア…。どこにいるんだ…。ミリア…。


 半狂乱になりながら森に分け入ったヘイレスは、ミリアを見つけ出そうと躍起になっていた。


 心許ない月明りの下では、まともに歩くことさえままならない。何度も転げそうになりながら、ヘイレスは夜の森を彷徨っていた。


 この暗さで何の手掛かりもなく彼女を見つけることなど、ほとんど不可能に近い。そんなことは百も承知だった。


 もうどうでもいい。すべてを投げ出してしまいたい。その一心で逃げ出してきたのだ。いっそのこと、ミリアに会えなくてもいい。どこか暗い森の奥深くで、人知れず死んでしまいたい。


 そんな考えさえ頭をよぎる。そんな時だった。


 月明りの差し込む池を見つけたヘイレスは、吸い込まれるように光に近づいていった。理由はわからないが、暗い森の中でそこだけが明るく照らされ、神秘的に思えたからかもしれない。なぜか、自分はここに導かれてきたのだと感じた。


 そして、その直感は当たった。


 池のほとりの反対側――月明りの端で座り込む一人の女性。


「ミリア…?」


 ヘイレスは思いがけず名を口にした。


 自分の名前を呼ばれて、彼女は顔を上げる。


「な、なぜあなたがここに…?」


 その表情は驚きから、やがて恐怖の色へと染まっていく。


「ミリア、ああ、会いたかった。ミリア…!」


 抑えきれず走り出したヘイレスを見て、ミリアも立ち上がり、森の中へと逃げ出した。


「ミリア、なぜ逃げる!? 君は言ってくれただろう? 自分には俺しかいないと!」


 彼女は裸足だったが、それでも全力で駆けているようだった。


 ヘイレスはその後ろ姿に向かって叫ぶ。


「あなたは変わってしまった! あなたはもう、あの頃のヘイレスじゃない!」


 森の中にミリアの声がこだまする。


「俺は何も変わっていない! 変わったのは君だ! そうだろ!? 俺が領主になったからか!? 自分にはふさわしくない相手だとでも思っているのか!?」


「そんなことじゃない! あなたは何もわかっていない! わかろうとしていないことが問題なのよ!」


 素足のままでは、どうしてもミリアの分が悪かった。


 追いついたヘイレスは彼女の手首を掴んで強引に振り向かせた。


「やめて! 離して!」


 振りほどこうともがくミリア。


「こっちを見ろ! こっちを見ろ!」


 腕を押さえつけ、動きを止めようとするがうまくいかない。


 イライラが頂点に達したヘイレスは、右腕を高く上げた。


 反射的に身構えたミリアだったが、ヘイレスからの一撃は飛んでこない。それどころか、彼は何かに弾かれるようにして空中に投げ出された。


「おやおや、ヘイレス卿。酷くご乱心のご様子だ」


 木の陰から現れたのはゼルヴェだった。


「ゼルヴェ卿…」


 体を地面に打ち付けたヘイレスは振り絞るようにしてその名を口にした。


「あなたが、ゼルヴェ・ゼキア伯爵…?」


 ミリアが驚いた様子で尋ねる。


 なぜ彼女がゼルヴェの名を知っているのか。――いや、そんなことはどうでもいい。問題は、あの男をどうするか、だ。


「いかにも、私がゼルヴェ・ゼキアだ。君がミリアかな。私に手紙を寄越した」


「は、はい、そうです。助けに来てくださったんですか…?」


「領主の頭がおかしいとあっては、他に相談できる相手もいまい。君がした苦渋の決断は、さぞ勇気がいる行いだっただろう。私はそれに心打たれたのだよ」


「ああ、ありが、とう…」


 言い終わらないうちに、ミリアはその場に倒れてしまった。


「気を失ったか。無理もない。極限状態の中、必死に森を駆けずり回ったのだろうからな」


 さっきまでの親切そうな物言いとは裏腹に、ゼルヴェはミリアを一瞥して言った。


「なるほど…、ミリアがあんたに助けを求めたのか。それもそうだよな。あんたみたいなのが、いきなり俺なんかのところに来るわけがない」


 ヘイレスはせせら笑った。


 さっきまで俺は、この男に踊らされていたんだ。俺に近づいて彼女を見つけ出す算段だったようだが、とんだ誤算だったな。ここまで森の奥深くまで来てしまえば、死んでも獣が後始末をしてくれる。


 ヘイレスは覚悟を決め、腰にある剣の柄へと手を伸ばす。


 それを知ってか知らずか、ゼルヴェは手を額に当ててわざとらしく考え込むような仕草をして見せた。


「さて、どうしたものか。領主ともあろうものが領民を凌辱するなど、言語道断。これが世間に知れたら、貴公はどのような目に遭うのやら…」


「誰……を…しようとしない…」


「ん…?」


「誰も俺を理解しようとしないッ!」


 一息に立ち上がったヘイレスは剣の切っ先をゼルヴェに向けて突進した。


 まるで猛る闘牛を相手取るかのようにして、ゼルヴェはひらりと身を翻す。


 ゼルヴェの強さはさっき屋敷で見た通りだ。まともにやりあって勝てる相手ではない。


 やけくそ気味に、ヘイレスは闇雲に剣を振り回した。


「少し剣の躾もしたほうがよさそうだ」


 いとも簡単にヘイレスの攻撃を避けていたゼルヴェは、さっと身を引くとともに自身も腰にあった剣を引き抜いた。


 剣を抜くヒマさえ与えずに殺すつもりだったが、やはり一筋縄ではいかないようだ。


 このまま間合いに入ってはいけない。恐らく相手は、こちらの出方を見てから動いてくる。


 やけに冷静な自分に驚きつつも、ヘイレスはじりじりと横に移動する。


 ゼルヴェも同様に、ゆっくりと位置をずらしていく。


 まるで二人の間に円状の立ち入れない領域があるかのようだ。どちらがそこに入っても、次で決着がつく。


「ウアアアッ!」


 雄叫びに似た怒号を上げながら、ヘイレスはゼルヴェに斬りかかった。


 真上から振り下ろされた剣を舞うようにして避けたゼルヴェは、その場でターンして振り向きざまにヘイレスを斬りつけた。


「うぐっ…」


 無駄のない動きから繰り出された一撃は、ヘイレスの背中を的確に切り裂いた。


「奇妙な気配を感じてこの人でなしを追っていたが、どうやらその原因は別にあったようだな」


膝をつくヘイレスにはさほど関心も持たず、ゼルヴェは剣についた血を払いながら呟いた。

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