魔物の国
ラダンカへ通ずる道はほぼ一本道だ。起伏の激しい山間の道を抜けると、突如としてひび割れた大地が眼前に広がる。重苦しい雲はいつの間にか姿をくらまし、止むことを知らぬかのごとく降り続いていた雪は唐突に降り止む。気温はさっきまでの寒さが嘘のように高くなり、外套など羽織っていては、とても耐えられない暑さだ。
が、フランダルの衣服は体温を調節するための機能を持たない。強いて言うなら、見た目だけのものだ。魔法というのは便利なものだとつくづく実感する。
遠方に人気のない村の名残を視認して、フランダルは自分の進む方向が間違っていなかったことに安堵した。
目的地はもうすぐだ。
歩いていると、幾度となく大地の割れ目に行き当たる。大小様々な大きさの割れ目からは絶えず熱風が噴出し、渡ろうとする者の行く手を阻む。
覗き込めば、暗い壁面の間で生き物のようにうごめく溶岩を拝むことができる。落ちれば高さなど関係なく、一巻の終わり。助かる見込みは皆無に等しい。
「国のお家柄さえなければ、これがいい観光名所になったかもしれないのにな」
遠くで煮えたぎる溶岩を下に見ながら、吹き上げる風に揺れる吊り橋を渡っていたフランダルは自分の皮肉に苦笑した。
やがて村が近づいてくると、フランダルは建物の様子を観察しながら歩みを進めた。
もうここから人が離れて十数年になる。前回ここに訪れたのは二、三年前だ。だだっ広い荒野に野ざらしにされた家々は、前に見た時よりも風化して見えた。壁は剥がれ落ち、屋根が部分的に欠落した家もある。
人がいなくなった原因は二つある。一つは、ラダンカが魔物の牛耳る国になってしまったこと。もう一つは、魔物によるラダンカ統一の際に魔王が放った超弩級の魔法が、この土地自体を駄目にしてしまったことだ。地下を流れる溶岩もその副産物の一つで、おかげでラダンカは年中、むせ返るような暑さに悩まされている。
――自業自得。そんな言葉を当時、魔王に言った記憶がある。それが嫌味だと知ってか知らずか、魔王は口元に笑みを浮かべて答えた。当然の報いだ、と。
人と魔物の間には、どうしても埋まらない深い溝があるようだ。それはいつの時代になっても同じ。両種族が手を取り合って歩む時代は延々と訪れず、常に対立し、誇りと名誉だかなんだかのために争い合っている。
過去から続く二つの種族の確執にフランダルは興味がなかったが、何世代にも渡って殺し合いを続けた挙句、行き着く先はどこなのだろうかと疑問に思うことはある。どちらかの種族が絶えるまで戦いが続くのなら、果たして終わりはいつなのか。もしかすると、終わりなど来ないのかもしれない。そんな先行きの見えない戦いに身を投じて、彼らは平気なのだろうか。
そんなことを考えながら、フランダルはふと一軒の家の前で足を止めた。