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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第二章 花冠の王
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ラナゼア到着

 なんだ、この村の異様な雰囲気は。


 ラナゼアに到着したテムザの最初の感想はこうだった。


 村人たちは家の扉を固く閉ざし、外を歩いている者は一人としていない。


 唯一見かけた鍛冶職人らしき男も、腕を片方なくしてろくに仕事ができない状態だった。


 やはり何かがおかしい。烙日草が示していた凶兆と、何か関係があるのかもしれない。


 村の中を進んでいくと、ひと際目を引く大きな屋敷が見えてきた。察するに、この地域を治めている領主のものだろう。


 領主に聞けば、この村がなぜこうもおかしな空気に包まれているのか聞き出せるかもしれない。


 そう思ったテムザが屋敷の扉を叩こうとした、その時だった。


 扉が勢いよく開き、中から一人の男が飛び出してきた。


 髪はぼさぼさ。身なりもお世辞でも綺麗とは言えない。しかし、着ている服は明らかに庶民が手を出せるような代物ではない。裕福な身分だということだ。


 飛び出してきた男は、こちらには脇目もふらずにどこかへ走り出そうとするので、テムザは呼び止めた。


「ヘイレス卿」


 名を呼ばれて立ち止まったなら、テムザの推測は当たっていたのだろう。


「ヘイレス卿か」


 振り向こうとしないヘイレスに、テムザは再度声をかけた。


「い、今、急いでるんだ」


 様子がおかしいことは言うまでもない。まるで何かに怯えているようだ。


「何があったのか聞かせてもらえないか」


「あ、あんた誰なんだよ」


 振り返って喚き散らすヘイレスの形相は、普通の人間のものではなかった。痩せこけていて、目の下には何日も寝ていないかのようなクマがある。それだけに、大きく見開いた白目だけがくっきりと浮き出ているように見える。


「へ?」


 テムザの姿を目にしたヘイレスは体を強張らせた。


「陛下・・・?」


 声にならない声でそう言うと、見る見るうちに顔に恐怖の色が浮かぶ。


「お、お許しを! その、急いでいたもので!」


「かまわない。何か大切な用があるのだろう。私はいくつか聞きたいことがあるだけだ。そう長く時間は取らせない」


「うう・・・」


 王の寛大な返答にいくらか肩の力が抜けたのか、ヘイレスはうなだれた。


「ここに来る前に少し村を見て回ったのだが、どうも様子がおかしいようだ。彼らはなぜ家から出て仕事をしない?」


「さ、さあ…。わたしにはわかりません。なにをどうしたらいいのか、さっぱり・・・」


「鍛冶屋の主人は片方の腕がなかったが、あれは前からなのか?」


「じ、事故ですよ。単なるね…。仕方なかったんだ…」


 ぼそぼそと合点のいかない答えを返すヘイレス。


「事故か。それは災難だったな」


「それじゃ、もう行ってもいいですか。急ぎの用があるんで…」


「ああ、引き留めてすまなかった」


 テムザが言うと、ヘイレスは即座に踵を返して森の方へと足早に向かっていった。


 誰がどう見ようと、彼の様子は正気ではないのだが、テムザには咎める理由がなかった。


 まだこの村にも着いたばかりで、内情もよくわかっていない。加えて、もう一つ引っかかっていることがある。


 王である自分は、まだ戦争が終わって間もないこの国を立て直すために都から離れるべきではない。それなのにも関わらず、抜け出してきた理由。それは、烙日草の凶兆を目にしたときになぜだか妙な胸騒ぎを覚えたからだ。


 この村にはまだ何かある。しかし、それを探る手掛かりがない。


 ・・・そうだ。あの男を追ってみてはどうか。


 この有り様の村を放り出して森に走る領主。何かあるに違いない。


 そうしてヘイレスの後を追い始めたテムザだったが、ほどなくして行方がわからなくなってしまった。小走りにクルータノ方面へ向かうヘイレスの後姿を追っていたはずが、森に沿って走る彼が木々の間を見え隠れしているうちに見失ってしまったのだ。

 

 代わりに見つけたのが、小高い丘の上に建つ一軒の家だった。煙突から煙が出ているあたり、誰かいるのだろう。


 訪ねようと近づくと、後ろから一人の青年が声をかけてきた。


「うちになんか用かい?」


 テムザは、自分が王だと知れると隠し事をされるかもしれないと思い、身分を隠して村のことを尋ねた。


「今日はやけに客が多いな」


 青年はぼやきながらも、テムザを家の中に入れてくれた。


 彼は名をアレックスといい、この家にベイカーという老人と二人で暮らしているらしい。


 今はちょうど、外にある納屋に暖炉の薪を取りに行っていたところだという。


「じいさんはもう寝てるけど、俺でよければ話をしようか?」


 アレックスはテーブルについたテムザに湯気の立つカップを出して言った。


「夜遅くにすまない。ラナゼアはいつもあんな様子なのか?」


「まあ、ここ最近はずっとそうだな。俺たちもあんまり近寄らないから、詳しい話は知らないけどな」


 アレックスは言う。


「どっちかというと、騒がしいのはクルータノのほうだよ。窓の外を見てみな。軍が野営してるだろ。時たまここに来て、こっちをジロジロ見ては帰っていくんだ。ほんとに、なんだってんだよ」


 言われた通りに窓の外を見てみると、丘のふもとのほうに揺れる光がいくつか見える。クルータノに動きがあるとは聞き及んでいたものの、ここまで準備を進めているとは。


 国の王として見過ごすわけにもいかないので、一応留意しておく。


「さっき客が多いと言っていたが、他にも誰かが?」


「え? ああ。あんたと同じさ。旅人だってよ」


 ぶっきらぼうにアレックスは答えた。


「ところでさ、えらく派手な身なりをしてるけど、どっかの貴族かなんかかい?」


 個人的には地味目な服装を選んできたつもりなのだが、それでも庶民からすれば十分高そうに見えたのだろう。


「そんなところだ。家には嫌気がさしてね。飛び出してきたのさ」


「羨ましいね。贅沢な悩みだ」


 嫌味がましくアレックスは言う。


 これ以上彼からは何も聞き出せないと感じたテムザは、出されたホットミルクを一息に飲み干すと立ち上がった。


「あまり長居しても申し訳ない。そろそろ行くとするよ」


「そうかい。ま、旅の無事を祈ってるよ」


 形式的ともいえる挨拶を済ませ、家を出る。


 ちらりとクルータノ軍の野営地に目をやったテムザは、来た道を引き返すのだった。

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