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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第二章 花冠の王
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救出

 夜分遅く。ヘイレスの屋敷前に到着したエリックは、遠くから周囲の様子を探っていた。


 見たところ、警備は数人の兵士のみだ。この分なら掻い潜っていけるだろう。


 夜の闇に紛れて警備の網を縫うようにして進み、屋敷の明かりが漏れる窓からそっと中の様子を窺う。


 カーテンの隙間から二人の男がテーブルにつき、談笑する姿が見えた。


 一人はこの屋敷の主であるヘイレス卿と思われるが、もう一人の正体がわからない。銀髪で、身なりがいいほうがヘイレスか? 一緒にいるのは貴族だろうか。ヘイレスの友人かもしれない。


 なんにせよ、無関係な人を巻き込むわけにはいかない。暗殺はもう少し待ってからのほうがよさそうだ。


 その時、エリックの耳に女性の泣き声らしき音が聞こえてきた。


 ――屋敷の中からだ。


 声を頼りに移動すると、どうやらそれは二階の薄暗い明かりが灯った部屋から聞こえているらしい。


 エリックはレンガ造りの壁をよじ登り、窓の淵に掴まって中を覗いた。


 カーテンが裂けていて、数本のろうそくが心許ない火を揺らす室内全体を見渡せる。


 床には本や小物が散乱し、大きなダブルベッドはシーツが整えられることなく乱れている。壁や床のいたるところにワインか何かをこぼしたようなシミが見受けられ、とても貴族の住んでいる屋敷の一室とは思えない有り様だ。


 そんな荒れ果てた部屋の片隅で、小さくうずくまる人影があった。


 どうやら泣いているのは彼女らしい。


 エリックは窓に手の平をつけると目を閉じた。


 窓と接している手の部分が青白く発光し、ガラスの部分を見る見るうちに溶かしていく。


 ガラス一枚を全て溶かし尽くしたエリックは、軽い動作で室内に飛び込んだ。


 目を丸くしてこちらを見る女性に、そっと近づくエリック。


「静かに」


 人差し指を唇に当てて、声を発さないよう促す。


 見ると、女性は口に猿ぐつわを噛まされて満足に話せない様子だった。手や足にもベッドのシーツの切れ端と思しき布が巻かれ、固く結ばれている。


 エリックはこなれた手つきで拘束を解き、女性の前に屈んだ。


「あ、あなたは…?」


 拘束を解かれたことで少し安心したのか、女性は震える声で尋ねた。


「あなたを助けに来た。これをやったのは、この屋敷の主か?」


「はい…」


 思い出したくない何かがあるのだろう。女性は伏し目がちに答える。


「それは、階下にいた銀髪の男か?」


 首をふるふると横に振る女性。


「なら、そいつと一緒にいた男か。銀髪のほうに心当たりは?」


「ありません…。恐らく客人だと思いますが…。昼間、なにやら屋敷の中を歩き回っていたようですので。この部屋には、ヘイレス卿が入れませんでしたが」


「わかった。しばらくの間、あなたはここにいてくれ。またすぐに戻る」


「待ってください」


 立ち去ろうとしたエリックを、彼女は呼び止めた。


「ヘイレス卿を、殺すのですか?」


「必要であれば」


 そうとだけ言うと、エリックは部屋の鍵を魔法で解いて廊下へ躍り出た。そのまま足音もなく滑るように一階へと降りる。


 二人がいるであろう部屋の前に行くと、案の定、話し声が聞こえてきた。


 静かに扉を開き、中に入る。


「おや、私以外にも客人がいたとは」


 銀髪の男はこちらを見て言った。


「いや、こいつは知らない。誰だ!?」


 そう言った男は、貴族の割には小汚いといった表現が正しいだろう。髪はぼさぼさで、銀髪の男とは比べ物にならないくらい貧相な服装だ。


 こいつがヘイレスだな。


 銀髪の男の反応と、その姿からそう判断したエリックはマントの内側から剣を引き抜いた。


「ほう、これはまた、随分と物騒な客人だ」


 やけに冷静な銀髪の男が気にかかるが、お構いなしにヘイレスのほうに向かう。


 いきなり露わになった剣を見て意表を突かれたのか、ヘイレスは椅子から崩れ落ちた。


 机を飛び越えるほどの跳躍でヘイレスに剣を突き立てようとしたエリックを、横から不意に衝撃波が襲う。


 エリックは窓を突き破って外に転がり出るが、すぐに態勢を立て直す。


「この場所はいろんな問題を抱えているようだ」


 席を立つ銀髪の男。


 さっきのは魔法か…? だとしたら誰が? まさか――。


 部屋の中から不敵な笑みを浮かべる銀髪の男に、エリックは標的を定めた。


「貴様は誰だ?」


「この屋敷に招かれたただの客人だ。いや、招かれたというより、押しかけたと言うほうが正しいか」


 クククと含み笑いをする銀髪の男。


「ゼルヴェ卿、知り合いなんですか」


 ヘイレスにゼルヴェと呼ばれたその男は、肩をすくめた。


「さあ、私の知る者ではないが。てっきりヘイレス卿が招き入れたのかと」


「そんな馬鹿な――」


 ――ゼルヴェ? 聞き覚えのない名だ。だが――。


「邪魔するな。僕はヘイレス卿に用があって来ただけだ」


「どんな用だ? 殺しか? それは看過できんな」


 くそ、仕方がない。ここは多少痛い目に遭ってもらってでも、大人しくしてもらうしかない。


 剣を構えて窓から飛び込み、机の上に着地してゼルヴェに斬りかかる。


「見境いなしか」


 ゼルヴェは持っていたステッキからレイピアを引き抜くと、エリックに応戦した。


 何度か金属がぶつかる音が鳴り響き、卓上の料理が床に散乱する。


 空いた方の手を前にかざしてきたゼルヴェを見て、エリックは咄嗟に机から飛び降りた。


 ドンッという音が鳴って、机の上に割れずに残っていた皿やグラスが飛ばされ、壁に当たって砕け散る。


「ほう、面白い」


 間一髪のところで衝撃波を避けたエリックを見て、唇の隙間から噛み殺したような声で笑うゼルヴェ。


「どいつもこいつも…」


 そう言って立ち上がったのはヘイレスだった。


 割れた窓の側に、剣を構えて立っている。


「いい加減にしてくれ!」


 ヘイレスはゼルヴェに注意がいっていたエリックに斬りかかった。


 反応が遅れて避けきれないと悟ったエリックは、剣をぶつけて攻撃を回避する。


 ヘイレスが大きく振りかぶったのを見て、今度は反撃に転じる。喉元に剣の柄で打撃を与え、素早い一撃を食らわせたのだ。


「うぐっ…!?」


 痛みと呼吸困難で怯んだ隙に、エリックはとどめを刺そうとした。


 が、今度は喉元にレイピアの切っ先を突き付けられてしまう。


「最初の一撃で仕留められなかった時点で、暗殺は失敗だ。潔く諦めるといい」


 身動きが取れなくなったエリックに言い放つゼルヴェ。


 しかし、エリックはゼルヴェの言葉には耳も貸さず、ヘイレスに剣を振り下ろした。


 剣はヘイレスには届かなかった。


 代わりに、ヘイレスの剣がエリックの腹部を貫いていた。


「クソッタレが…」


 ヘイレスは汚い言葉で罵倒した。


 黒い灰となって霧散したエリックを見て、ゼルヴェが感心したように言う。


「姿を偽装していたか。本体は近くにいるな」


 そしてゼルヴェは、壁にもたれかかって肩で息をするヘイレスに言った。


「あの者の狙いはヘイレス卿、あなたのようだ。何か人の恨みを買うような真似でも?」


「領主ともなれば、それくらいの一つや二つ、あって然るべきでしょう…」


「たしかに。よい覚悟をお持ちのようだ。しかし――」


 割れた窓の外を見ながら、ゼルヴェは不敵に笑った。


「あの少年、ただ者ではなかった。並の人間が雇えるような器ではないな」

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