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理の王 ~転世者を裁く者たち~  作者: 鹿竜天世
第二章 花冠の王
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思わぬ来客

「ご主人様、お客人でございます」


 使用人からドア越しにそう言われた声で、ヘイレスは目を覚ました。


 平時は誰一人として室内に許可なく入ることを禁じている。今になってはじめて、その規則を設けておいてよかったと感じた。


 部屋はまるで大男が暴れまわったかのような様相を呈していた。物がそこかしこに散乱し、ベッドは乱れ、壁には穴まで開いている始末である。


「すぐに出る」


 そう返したものの、着衣もところどころ擦り切れ、破れている。とにかく、服は着替えるとして、客人をこの部屋に通すことはできそうもなかった。


 最低限の身なりだけは整えたヘイレスが表へ出ると、すでに日は高く昇っていた。


 肝心の客人はというと、探さずとも一目でそれとわかる人物だった。


 高貴な服に、よく手入れされた長い白髪。乗っている馬もさぞかし丁寧に世話されていることだろう。毛並みは艶があり、尾は風でたなびくほどサラサラだ。


「あなたが、ヘイレス卿か?」


 馬から降りた白髪の男はそう言った。


「え、ええ。あなたは?」


「私はゼルヴェ・ゼキア。シュナンティを治めている」


 ――ゼルヴェ・ゼキア!?


 その名を聞いた途端、ヘイレスは面食らった。


 ゼキア家は先の内戦でも革命軍に引けを取らなかった数少ない貴族の一つだ。多くの貴族が革命軍優勢と見るや否や寝返ったり自決したりしたものだが、ゼキア家は最後まで自分の領地を守り抜いた。あまりの強さに、遂には革命軍がシュナンティ奪取を諦めたくらいだ。


 結果的に王都を落とされた王家は瓦解したものの、革命軍との交渉の末にシュナンティはゼキア家が擁する領地として認められたのだ。


 戦と政治。そのどちらも秀でているだけで畏怖の対象ではあるのだが、ゼルヴェが畏れられているのにはもう一つ理由がある。


 それは、彼が人並外れた力を持った魔術師だからだ。巷では、その端麗な容姿とミステリアスな雰囲気から、銀髪の貴公子などという異名で知られている。方々で美しい女性が行方不明になっているのは、彼に魅入られたからだとまことしやかに囁かれているのだ。


 そのゼルヴェ卿がなぜ――?


「へ、ヘイレス・アバンホーレです」


 緊張のあまり、最初の一文字目で声が裏返ってしまった。


「貴公の話は聞いている。若くして母君を亡くしながらも、領主として民を気にかけ、自らの足で毎日村を周っているとか。良い心がけだ」


「こ、こちらこそ、ゼルヴェ卿のお噂はかねがね――」


「ああ、銀髪の貴公子とかいうあだ名だろう? 恥ずかしいものだ。まったく、誰がつけたのやら」


 ゼルヴェは口角を上げて言った。


 その美しさたるや、男であっても見惚れてしまうほどだ。鋭い鼻筋に、透き通るように白い肌。そう、言うなれば、情欲を掻き立てられるようなものではなく、芸術的と表現するのが好ましい。


「どうぞ、中へ」


 同じ領主であるからには身分に差はないのだが、どうしてもへりくだってしまう。それも彼の持つ独特な雰囲気が故か。やましくもヘイレスは惨めな気持ちにならざるを得なかった。


 他の領主が来たとき、母は屋敷の隅から隅まで案内して周っていた。時には立ち止まって世間話をし、食堂でお抱えの料理人が出すご馳走を振る舞った。時間があれば狩りに行き、夜は書斎で遅くまで酒を嗜んだ。それが、客人に対するおもてなしだと母は言っていた。


 が、まず屋敷を案内するのはマズい。一つ一つの部屋を見て回っていたら、いずれは寝室に行き着く。あの部屋は荒れ果てているし、何よりもミリアがまだ中にいるのだ。


 とにかく書斎へ連れて行こう。頃合いを見て食事を出し、狩りにでも行って時間を稼げばいい。


 そう思ったヘイレスはゼルヴェを連れて一階の奥の部屋へ向かった。


「ゼルヴェ卿、まずはワインでもいかがですか?」


「ふむ。それも良いが、ワインは食事にとっておくことにしよう」


 何を話したらよいのかわからず、挙動不審になるヘイレス。


「これは素晴らしい。狩りにはよく行かれるので?」


 ゼルヴェが興味を示したのは、壁に掛けてあった鹿の頭の剥製だった。


「ああ、それは父のもので、わたしは連れられて何度か行った程度で・・・」


「なるほど」


「・・・ところで、今日はどうしてこんな辺境の地へ?」


「ああ、いや、大した用事ではないのだが・・・。久々に狩りをしてみたくなってね。だが、いかんせん、私にはそのようなセンスがないらしい。ラナゼアには狩る獲物に困らないという有名な狩場があると聞いて、屋敷を抜け出してきたのだ。ただ、勝手に人の領地で狩りをするわけにもいくまい」


「そういうことでしたか…」


 胸を撫で下ろすヘイレス。狩りということであれば、案内することもできるし時間も稼げる。


「どうかしたか? 顔色が悪いようだが・・・」


「いえ、そんなことは――」


「ところで、不躾な頼みで申し訳ないのだが、こちらに来るにあたって、私も部下も宿を用意していなかったのだ。できれば、今夜はこの辺りで泊まりたいのだが、どこかよい場所を紹介してはくれないか」


「ああ、もちろんです。ただ、ラナゼアで宿となると、一般庶民が宿泊する貧相な部屋しかありません。探してはみますが、あまり期待はしないでください・・・」


「そうか・・・。私は――できることなら、そういう場所は遠慮したいのだが・・・。なにせ鼻が悪くてね。埃っぽい場所にいると、どうもむず痒くてかなわんのだ」


「で、では――」


「貴公のこの屋敷はどうだろうか? 見たところ、広い屋敷に一人で住んでいるようだし、余っている部屋の一つもあるだろう」


「あ、いや・・・、使っていない部屋はろくに掃除もしていないし――」


「なに、気にするな。清掃くらい、給仕に頼めばすぐに終わらせてくれるだろう」


 この屋敷はダメだ。勝手にほっつき歩かれたら、何がどうなるかわからない。


 しかし、これといって断る理由が見当たらない。安易に拒否すれば、それはそれで失礼に値するだろう。


「礼と言ってはなんだが、今夜は私が料理を振る舞おう。これでも、少しは心得があってね。料理人を何人か借りてもかまわないか?」


「え、あ、はい…」


「それはよかった。では、空室に荷物を運んでもよいかな」


「え、ああ、あの、それは使用人にさせますので」


「そうか。では、私は狩りの支度をするとしよう。貴公もいかがかな?」


 終始ゼルヴェの調子に乗せられたまま、いいように話を進められてしまったヘイレスは苦虫を噛み潰したような表情で「もちろん」の四文字を絞り出す。


 それを聞いたゼルヴェはにっこり笑うと、「では後ほど」と言って颯爽とその場を去っていった。

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