暴虐の領主
年中雨が止まず、空気は湿気を帯び、大地はぬかるみ、雲が重たく垂れこめる。東イルドラの大湿原といえば、住みにくい場所として有名な地域だ。その中でもラナゼアといえば特に湿度が高く、蒸し暑い。旅行者も数日いられたらいい方で、この辺りに長期間滞在する者などよほどの物好きか、人嫌いくらいのものである。
ここらの気候に負けず劣らず、ここに住む者たちも陰湿だ。
馬に乗って村の中を回りながら、ヘイレスはそんなことを思った。
領主であるヘイレスが通りかかれば、周りの人間は皆、道を開けて頭を下げる。しかし、腹の中ではきっと汚い罵詈雑言で罵っているに違いない。絶対にそうだ。
ヘイレスがぼさぼさの髪をなびかせてやってきたのは、とある鍛冶師の家だった。
馬を繋いで、家の横にある作業場へと目をやる。いつもならここで鍛冶師のエーデンが仕事をしているのだが、今日は休みのようだ。
仕方がないので、家のドアを叩く。
やや時間がかかって中から顔を出したのは、鍛冶師のエーデン本人だった。
「どなたですか・・・?」
武骨で筋肉質な体格とは対照的に、もぞもぞと聞き取りにくい声でエーデンは言った。頭頂部はかなり髪が薄くなっており、清潔感のかけらもあったものではない。
「俺だ、ヘイレスだ。ミリアに会わせてくれ」
そう伝えると、エーデンは口をすぼめて言った。
「それが、娘はもう会いたくないと言っているのです。ですからどうか、お引き取りください」
「馬鹿を言うな。俺はミリアと約束したんだぞ。今日、迎えに行くとな。いいから連れてこい」
「うぅ・・・」
これが鍛冶師の男とはとても思えない気の小ささだ。上着のポケットに入りそうなくらい小さいんじゃないか。
渋々奥に引っ込んだエーデンは、しばらくして娘を連れてきた。
「・・・連れてきました」
「来い、ミリア」
ヘイレスが手を差し伸べるが、ミリアは動こうとしない。
「さあ、ミリア・・・」
エーデンがうつむいて動かないミリアの背中に手を添える。
「今日は…行きたくありません」
か細い声で彼女は呟いた。
それを聞いたエーデンは、再度食い下がろうとする。
「・・・ヘイレス卿、やはり今日は勘弁していただけませんか?」
ミリアの聞き分けのなさに腹が立ったのか、エーデンのもぞもぞとした喋り方が癪に障ったのか、いずれにせよ、ヘイレスは怒鳴った。
「この期に及んでまだそんなことを――!!」
強引にミリアの腕を掴んで、外へ連れ出そうとする。
近隣住民が騒ぎを聞きつけて集まってくるが、誰も止めに入ろうとはしない。それもそのはず、ヘイレスに逆らえばどうなるかをよく知っているからだ。
普段は我ながら聞き分けの良いほうだと思っているが、一度怒りだしたら手が付けられない。森に棲む野生の狼より凶暴だ。
嫌がる娘の姿に耐えかねたのか、引っ張るヘイレスの腕をエーデンが振り払った。
「貴様・・・ッ!」
ただでさえイライラしていたヘイレスは腰に携えていた剣を引き抜いた。
こうなったら、自分に刃向かったやつがどうなるか、目にもの見せてくれる。
一息に振り下ろされたヘイレスの剣は、それを鍛え上げたエーデンの右腕を皮肉にも容易く斬り落とした。
周囲のどよめきをかき消すかのように、ミリアの悲鳴が響き渡る。
「クソッ・・・」
想像以上の出来事に悪態をつくヘイレス。
「おい、衛兵! こいつの腕をなんとかしろ!」
連れてきていた衛兵たちがおろおろと腕の周りを取り囲む。
うずくまるエーデンをよそに、ヘイレスはミリアに言い放った。
「これでわかったはずだ。俺に逆らうとどうなるかをな」
咽び泣くミリアは、その場に力なく泣き崩れた。




