熱情
深夜。
何かが聞こえたような気がして、フェベムは目を覚ました。
起き上がって耳を澄まし、先ほどの違和感が何だったのかを確かめる。
聞こえるのはフクロウや虫の鳴き声。そして、葉や草が風で擦れあう音ばかりだ。
気のせいだったと思いなおし、もう一度横になる。
が、フェベムはすぐに異常に気が付いた。
横で寝ていたはずのライムの姿がない。横になっていたであろう痕跡は残されているが、肝心の本人が見当たらないのだ。
「ライム?」
用を足しにでも行ったのかと、フェベムは辺りに聞こえるように呼び掛けてみた。
…………。
返事はない。
その時だった。
微かに、木々の葉っぱが擦れあう音に交じって、人の声らしきものが聞こえてきた。
声は二つある。どうやら会話をしているらしい。森の中から聞こえてくる。
フェベムは声を頼りに、その方向へと歩き出した。
近づくにつれて、声は次第に大きく、鮮明になっていく。
もう少しで声の主のもとに辿り着きそうだというところで、フェベムは足を止めた。
背後に気配を感じたからだ。
「陛下、襲撃です。ライムがやられました」
耳元でそう囁いたのは、間違いなくカサンドラの声だ。
「お主、どこにいた?」
「襲撃者を追ったのですが、陛下のもとへ戻らねばと思い、引き返してきたのです」
「それで、ライムはどこに?」
「もう少し進んだところです。木の横で倒れています」
それだけ聞いて、フェベムは走り出した。
「陛下!」
後ろからカサンドラの呼ぶ声が聞こえるが、振り切ってライムのもとへ駆け寄る。
ライムは力なく地面に倒れていて、微動だにしない。
「ライム!」
抱き起こし、傷を確認する。
「ライム! しっかりするのじゃ!」
見たところ、まだ息はある。傷は腹部のようだが、服の上からでは少しわかりづらい。血が大量に出ていて、すぐに処置を施さなければ危険な状態に見える。
「カサンドラ! 応急処置を!」
森にこだますほどの大声で叫ぶが、彼女はついてきてはいないようだ。
「陛下! 危険です! まだ犯人が近くにいます!」
「かまわぬ! こやつの命が先決じゃ!」
再びライムに向き直り、傷口を強く押さえる。応急処置の仕方はジュードに教わったことがあるが、幾度も戦場に出て修羅場をくぐってきたカサンドラのほうが詳しいだろう。
「カサンドラ! 早くせんか!」
「…なぜですか?」
「なぜ……!? 何を言っておるのじゃ!?」
「なぜ、その男に入れ込むのです?」
カサンドラの様子がおかしい。
ひどく落ち着いた声だが、わずかに震えているように聞こえる。
「どういう意味じゃ……?」
フェベムはライムを抱きかかえたまま言った。
恐らくは自分の背後で、暗がりに身を潜めて気配を消しているのだろう。こちらからでは正確な位置がまるでつかめない。
「陛下は一国の主。ですがその前に、一人の復讐者でなければならないのです」
「言っている意味がまるでわからぬ。さては冷静さを失っておるな?」
「私だけではない。多くの者がそれを望んでいる。私の声は、ラダンカの民の声だ」
今や、カサンドラは並々ならぬ気配を漂わせている。
「わしの選んだ道が間違っておるとでも申すか。わしが民をないがしろにしているとでも?」
「数日前に拾ったその男。陛下はライムなどと名前を付け、まるで子ができた母親のように愛で始め
た。挙句、ホロウトーナメントに出るだの、私に国潰しができるかなどと的外れなことばかり言い
出す始末」
「ライムはわしらが目的を果たすための重要なカギを握っておる。そのことがまだわからぬのか」
「私たちの目的……? それは、人と魔物の共存のことを言っているのか?」
「なに……?」
「知らぬとは言わせない。私がそいつと陛下との会話を何も聞いていないとでも? 片時も陛下のそ
ばから離れることを許されない、この私が?」
「共存はわしらが見出すべき道じゃ。こやつはわしら魔物と人間との架け橋になってくれるやもしれ
ぬ存在なのじゃ……!」
「腑抜けが……」
「なんじゃと……?」
「腑抜けと言ったのだ。私は先代のブラトニカ王の頃から、あの城で仕えてきた。それは何のためだ
と思う? お前に拾われたからか? 違う!! 私はただ、人間に復讐するためだけに仕えてきた
のだ! 父を殺し、母を殺し、一族を皆殺しにした人間どもをこの世から葬り去るため! ただそ
れだけのために――!!」
「カサンドラ……。お主とは浅からぬ縁があるが、これ以上は相容れぬようじゃな」
ライムをそっと地面に横たわらせたフェベムは、闇の奥にいるカサンドラをじっと見つめた。姿は見えないが、気配でわかる。
「憎しみなくして、ラダンカに栄光はない。それがわからないようなら、私がお前にとって代わ
る!!」




