野営
その後、なんとか方角だけは割り出せた二人は、少しだけ歩を進め、日暮れまでに野営できる場所を確保して暖をとっていた。
「ジュードが用意してくれたのじゃ。食べてみろ」
そう言ってフェベムが差し出したのは、ラダンカの地下深くに生息する虫の類だ。
「なんか、ミミズっぽいですね……」
「ミミズ……? なんじゃ、それは」
ライムの感想に首を傾げるフェベム。
「いえ、なんでもないです……」
「こいつはワームワームといってな。わしら魔物界では非常食として重用されておる。栄養が豊富で、戦でも行動食として持って行くくらいじゃ」
「そうなんですね……ハハ……」
フェベムからライムに手渡されたそれは、人差し指と親指の間でうねうねと蠢いていた。
爛々と目を輝かせるフェベムの期待に応えるべく、ライムは一息にそれを食べた。
「ほとんど味はないじゃろ? どちらかというと、食感を楽しむモノなんじゃ」
フェベムも二匹まとめて口に放り込む。
「あー、なんだか、クリーミーな味わいですね…」
咀嚼しながら、ライムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「そうじゃろう。たまらんのう」
ライムとは対照的に、恍惚な表情を浮かべるフェベム。
ライムにとっては地獄のような食事タイムを終えて、二人は焚火を前にして並んで座った。
「ところで、ライム。お主、ドラゴンになっておるときにわしの声は聞こえておるのか?」
「……なんというか、声は聞こえないんですけど、心が見えるというか…。フェベムさんがどんなことを思ってるのかがわかるというか…」
「な、なに!? 心が読めるというのか!?」
「はっきりとは、全然。微かに感じるって程度です」
「お主、竜化しても至って冷静なのじゃな」
「どうなんでしょう。変身しているときの僕の意識は、なんか遠い所にある感じなんです。自分が自分じゃない、みたいな」
「それでも、お主が暴れだすようなことがなくてよかった。もしそんなことになったら、今度はわしが止めねばならんじゃろうからな」
「はい……」
パチパチと木が爆ぜる音が辺りに響く。この辺りはラダンカとは違い、気候が安定している。夜になれば気温も下がるし、水源も豊富なので草木も育つ。
「よい眺めじゃ……」
「そうですね……」
ラダンカでは決して見られない景色。もしも、人と魔物が共存する世界があるのなら、魔物たちもこんな美しい場所で暮らしていくことができるのだろうか。
フェベムの心の中には、ある考えが芽生え始めていた。
「そういえば――」
ライムが口を開いたので、フェベムも耳を傾ける。
「今日、カサンドラさんを呼んでも来なかったですよね。いつもならすぐに来るんですか?」
「ああ、そうじゃな。あやつにしてはかなり珍しいことじゃ。今もそこらにおるとは思うのじゃが……」
フェベムは声のボリュームを少し上げて、カサンドラを呼んだ。
「カサンドラ、いるのじゃろ」
すぐさま、焚火の向こう側に音もなく影が現れた。
「ここに」
「呼び出したついでじゃ。今日の昼の出来事について、聞かせてはもらえぬか。わしらがイルドラ兵に囲まれておったとき、お主はどこで何をしておったんじゃ」
「はい、私もまた、同様にイルドラ兵の包囲を受けておりました」
「それで、呼んでも来ることができなかったと?」
「はい。申し訳ありません」
「お主ならば、数人の兵に囲まれたところで振り払うのは造作もないじゃろう」
「はい。ですが、事を荒立ててはいけないものと思いまして……」
「なるほど。もっともじゃ。今日はライムに助けられたので難を逃れたが、次はどうなるかわからん。くれぐれも、油断すまいぞ」
「……はい」
「下がれ」
フェベムの指示で、カサンドラは瞬く間に姿を消した。
「すごいですね。一瞬で気配を消すなんて」
ライムが感嘆の声を上げる。
「あれはあれで、相当な苦労をしてきておるからの……」
「そうなんですか……」
「ま、詳しくは語るまいよ。お主が気にせずともよいことじゃしな。さて、今日はもうそろそろ寝よう。明日もたくさん歩かねばならんからの」
「はい」




