ドグ・ラクラ
「フェベムと一緒に、人間らしき少年が姿を現しました。恐らく、ホロウトーナメントに向かっているものと思われます」
枯れ木の上で昼寝をするフランダルに、ドグが下から声をかける。
「動き出したか…」
スッと音もなくフランダルは木から降りると、ドグに向き直った。
「どうするんです?」
「どうもこうも、出発したんだろ? 大人しく後を追うしかないんじゃないか?」
「フェベムは二人きりで行動しています。今がチャンスのように思うんですが・・・」
「ま、俺たちが暗殺者ならな」
どこから取り出したのか、フランダルはリンゴを齧りながら歩き出した。
「どこに行くんです?」
すかさずドグも後を追う。
「お前はともかく、俺の足じゃ今から追いかけても、あいつらが止まらない限り追いつけない」
「だったら僕一人で――」
「そう焦るなよ。機会はある。これまでのお前からの報告を聞く限りじゃ、ラダンカ内部も一枚岩じゃなさそうだしな」
フランダルは、これまでにも何度かドグから報告を受けていた。
城の内部に潜入していたドグは、その実、人間の少年の名前すらすでに把握し、フランダルに伝えていた。
「遅かれ早かれ、動きがある。俺たちはそれを待ってもいいと思うぜ。むしろそれが、あのライムとかいう理外者に近づく好機だろうからな」
ドグにはわからなかったが、フランダルには何か計画があるらしかった。
いつも彼には、まるで先を見通しているかのような冷静さがある。無計画に見えて計画的で、はたまたいつでもその逆なのだ。結果がどう転んでも、本人はいつも納得している。あたかも予想外など起きていなかったかのように。
信じてついていけば間違いはないのだが、ドグは時々怖くなる時があった。いつか、この圧倒的な先見の明を持った人物に、見放されてしまうのではないかと。
ドグ自身、理外の力を持った人間だ。転生や転世と呼ばれるそのどちらでもなく、番人の中では覚醒者という名前で呼ばれている。つまり、もともとこの世界に生まれた人でありながら、何らかの理由で理を大きく超える力を持ってしまったのだ。
ある日突然に何らかの能力が開花し、ひとりでに暴走を始める。周囲を傷つけ、自分を傷つけ、孤独と絶望に苛まれていたとき、彼が現れた。
フランダルはドグに衣食住を与え、力を制御する術を教え、自分に師事するよう言った。何も持たなかったドグは、不思議な雰囲気を放つフランダルに魅せられ、一切の抵抗なくそれを受け入れた。それが、二人の関係のはじまりだ。
ドグは小さい頃からフランダルを見て来ているが、未だに分からないことが多数あった。
まず、年齢。どう見ても彼は出会ったときから歳を取っている印象がない。不老不死なのかと疑ったこともある。フランダルの執事であるキースにそれを訊ねると、「まさか」と笑われてしまった。自分以上に付き合いが長いであろうキースがそう言うのだから、間違いないのだと思いたいが・・・。
次に、その能力だ。前述したように、彼の先見の明は一線を画している。それが何らかの能力によるものなのか、それとも単なる偶然や勘なのか。それが力でないのだとしたら、他の多くの番人たちが彼に仕えている理由は何か。番人は皆一様にして、強大な能力を有している。それは、十把一絡げの人間が手綱を握るには重すぎる力だ。彼自身が特殊な力を持っていないのだとしたら、人々を束ねられる理由は彼のカリスマ性によるものなのだろうか。
誰に聞いても、フランダルが何らかの力を行使したところは見たことがないと言う。しかし、誰もが、フランダルに絶対の信頼を置き、彼の命令に従う。ドグ自身も同様なのだが、時折、それを不思議に思うことがあるのだ。
最大の疑問は、フランダルがどこの誰なのか、だ。雪深い山奥の城に住み、世界各国に幅広い人脈を持つ。理の王という肩書きのもと、八傑と呼ばれる番人を従えている。自分もその一人だ。彼の出自は、八傑の誰も知らない。執事のキースは何か知っているような口振りだったが、決して話そうとはしなかった。
そもそも、これらのことを勘繰ること自体が無駄なのかもしれない。
ふとしたときによぎる疑問が今みたいな連想をさせるのだが、一旦ドグはそれらの問いを頭から振り払った。
今は、目の前のことに集中しないと。
リンゴを齧りながら前を歩くフランダルを見て、ドグは気を入れ直したのだった。




