王の居城
険しい山々が連なるアレド山脈。一年を雪で閉ざされた厳しい環境では、人はおろか獣でさえ、近づくことを躊躇うだろう。ところどころに露出した岩肌が、そこに生き物の住む余地などありはしないことを物語っている。
スレイド城は、そんな過酷な自然の中で外界から遮断されるかのようにひっそりと、と同時に見る者を圧倒させる威厳を漂わせながら建っていた。もはや崖のように切り立った山の斜面に、入り口がどこか想像もつかない格好で建設されたその城は、誰が、いつ、何のために建造したものか、恐らく誰にも見当がつかないだろう。
それもそのはず、スレイド城はもとより人が住むために造られたものではない。
人知れず世の中を見張り、誰にも存在を知られることなく与えられた使命を全うする。そんな人外の者たちのために建てられたのだ。
人呼んで、『理の番人』。
彼らの目的は理外の者を、この世から抹消すること。
そう言うと聞こえは悪いが、抹消とは何も命を絶つことだけを意味するわけではない。必要とあらば生かし、その力を利用する。それもまた、理の番人たちに課せられた使命の一つだ。
荘厳な造りの城は内部も相応に無骨で、荒々しい。知らぬものが見れば、あるいは無機質で殺風景な印象を受けたかもしれない。
しかし実際のところ、柱のレイアウトから造形に至るまで、全てが綿密な計算のもとに建造されている。そのことに気が付けるのは専門家か、余程の城好きくらいなものだろう。
そうは言っても、スレイド城の城主であるフランダルも、この城の建築様式が気に入っていた。
フランダル自身は別に城の専門家でも、高名な建築士でもないが、一目見たときから、この城の持つある種の美しさに心奪われていた。
恐らく、この城に常駐する使用人を含めても、過去の偉大な職人たちが残した繊細な意匠に対して特別な思い入れを抱いている者は、彼を含めて数人ほどしかいないだろう。
――まあ、それはさておき、だ。
フランダルは中庭の雪景色を臨む回廊のど真ん中にテーブルとイスを用意して、午後の優雅なひとときを愉しんでいた。
執事兼相談役のキースに淹れてもらったコーヒーはフェクトニア産の豆と、アレド山脈の麓から汲み上げた雪解け水を使用した、彼特製のオリジナルブレンドだ。
酸味が少なく、苦みが強い豆の特徴を、アレド山脈の雪解け水特有の甘みが程よく打ち消し、後味をすっきりしたものに変えてくれている。
回廊はティータイムを愉しむにはいささか寒すぎる気がしないでもないが、そこで飲む温かいコーヒーは格別の味がした。
ふと室内へ続く扉が開く音がして、フランダルは顔を上げた。
見ると、燕尾服姿の初老の男性が立っている。キースだ。
キースはこちらの視線に気が付くと軽く一礼し、再び前を向いた。
こちらに来てほしいということなのだろう。
フランダルは名残惜しそうにコーヒーを一口すすると、席を立った。
前作から間が空きましたが、新しく書いてみましたので投稿します。
前回は内容もメチャクチャに近かったですが、今作はもう少しマシかと思っております。
できるだけ続けて連載していこうと思っていますので、お読みくださると嬉しいです。