いつか魔法を使う日
魔法が使えたらいいと思っていても、それが実現するとどうも気持ちが悪い。使えていいことなんてわからない力だし、いつ使えなくなるかもわからない。それに、そんな力を持っていたって周囲から浮き出るだけ。そんな力なんて意味はない。ただ、普通でいたい。ただ、平穏に生きたい。ただそれだけ。
魔法を使えるようになったあの日から、早くも3年平穏な日々を過ごす。何も変わらなくて、特に面白くもない日々。それが、俺の日常。
階段をのぼりいつも通り屋上に行く。立ち入り禁止と書かれたドアを開け、人がいないかを見て、貯水タンクの脇に腰掛ける。
そして空を見つめ、その視界に手を伸ばす。
「ファイア」
ぼそっと呟いた言葉の後に、手から微弱な手のひらサイズの炎が出現する。そして、3秒ほどして炎は消える。わけもわからぬ不思議な力、発言した内容が出現する未知なる力。それを、たまに使ってみては、ため息をつく。
「変な力だなあ。」
そうつぶやいていると、左方から鈍いぎぎいっと音が聞こえてきた。屋上に誰かがやってきたようだ。その、来訪者と会うのを避けるために貯水タンクに傾けていた顔を起こし、裏に回る。そして、来訪者の様子を見る。
視線の先には、女生徒がいた。髪は肩に触れるかどうかといったボブヘアー、ブレザーを通して伝える肢体は見ほれるものがあり、いかにも可愛いらしい女の子だった。
その女生徒は誰もいないと踏んでいるのか、鼻歌を交えてくるくると身体を回している。
たまに人が来ることがあったが、彼女のように気分高らかな人は少なかったように感じる。まあ、リラックスしているからかもしれないが。
そんなことを思いながら、ふうっと息をつきながら、彼女が立ち去るのを待つ。10分ほど経過したのだが、彼女は鼻歌を響かせて、なぜか手の甲に視線を頻繁に向けている。何してんだと思いながら、彼女のほうをチラッと見る。
すると、彼女は周りを気にしながらつぶやいた。
「ファイア」
手を伸ばした先に俺が出現させた以上の激しい炎が現れる。さながら、火炎放射器のように直線的に放たれる。そして、その方向は俺のいる場所に向かっている。
「あちいい。」
貯水タンクにあたらない程度の場所で炎は消えたが、その熱さに思わず姿を見せてしまった。
そして、瞳と瞳が合う。
「「…」」
お互いに無言。彼女は、青ざめている。
ああ、いろいろと見ちゃったからな。
気まずい空気のまま、普段意識もしない床面の感覚をなぞり、俺はこの場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってください。」
焦ったような、慌てているようなそんな声で呼び止められる。
その声を無視するわけにもいかず、足を止める。
「その、見なかったことにしてくれますか。」
彼女は苦笑をしながら言った。
「ええ。はい。見なかったことで、それじゃあ。」
そう言い俺は、この場から去った。
「何が何やら、わかんねえな。」
放課後になり、校門から出ようとする中で声をかけられた。
「あの、少しいいですか。」
昼休みの彼女は指を学校とは反対側をさし言った。
「ええ。」
まあ、こうなるだろうとは思っていた。
彼女についていくと、高校から1キロほど離れている公園についた。そこで、ベンチに座るように促される。遠慮がちにベンチに座り、彼女の何気ない仕草に注意を向ける。彼女は、ベンチには座らず立ったまま話し出した。
「昼休みに見た、あれなんですけど、実は私は不思議な力が使えるんです。」
彼女は、早口に盛大な秘密を明かすかのように言った。
「それで、あの黙っていてほしいんです。」
その言葉尻は自信がなく、視線も合わず、言葉だけが先行していた。
そのせいか、特にはぐらかすこともなく、素直に秘密を守ろうと思った。
「あのそれは、いいですけど。その炎を出すのが力なんですか。」
まるで、全く何一つもわからないかの態度で彼女に質問する。
彼女は、その言葉に安心したのか、顔をこちらに向けた。そして、照れくさいのかまた視線を下げ、返答した。
「他の力も使えます。」
彼女はそう言い手を前にかざした。
「ウォーター」
ちょろちょろっと弱い力で水が手から出てきた。
「なんでも、できるみたいです。」
彼女は、そういうとジャンプをした。ふわりと身体は、1メートルほど跳躍した。それと同時に、ふわりと広がるものがあった。ほんの一瞬を脳はスローモーションで捉え、三角形の形の何かが見えるのではと胸を弾ませる。視線を奪うそれは、短パンだった。
がっくりする気持ちをよそに、視線を横に向ける。
彼女は、スカートのすそを押さえて視線をさらに下げた。
そして、この空気感は最初に屋上で出会ったとき以上だった。
なんだかなあ。
「あの、続きをどうぞ。」
そんな余所行きな言葉しか言えなかった。
彼女の話を聴いている限り、その力の全容は俺の持っている力と同様だとわかった。自分の思うがままにできる力、その力を彼女は誇らしく思っているようだった。それは、俺とは正反対だった。
「それで、話を聴いたはいいもののどうすればいいんですか。」
「秘密を守ってください。それと」
彼女はどこか自信なさげな顔をこちらに向ける。
「私と友達になってくれませんか。」
何を言うのかと思えば、友達という全く想像していなかったようなワード。
友達か。
「なんで、それを自分に言ったんですか。」
見てくれからして、可愛い系でモテもするだろう。胸もでかいし。そんなのが、俺に対して友達になってくれませんかという。性格的に後ろ向きでも、誰かしらは彼女に好意を向けるだろう。
その問いに対して、彼女は息を整え、言った。
「友達がいないんです。」
その声は、もともと発していたそれより小さく、沈んだ様子を表していた。そのせいか、こちらは身をたじろいでしまった。
「そ、そうなんですね。」
公園わきから聞こえる自動車の音を聞きながら、私が次に述べる言葉は決まっていた。
「俺なんかじゃなくて、他にいい人いるだろうし、その人に頼んだ方がいいですよ。」
オブラートに包みながら、こういうべきだと決めていた。
誰かといたいわけではなく、ただのんびりとしていたい。それに、能力が絡むとなるとなおさらだ。だから、これでいい。
そう思っていたものの、いざ言葉に出すとなると視線を向けては言えなかった。
「それじゃ。」
そう言い私は、道路へ向かって歩いた。けど、その足は重く公園を出る手前で一度足は止まり、後ろを振り返った。
彼女は、あの場所からたったままで、下を向いていた。
その様子を見て、私は目をかっと閉じ、逃げ去るように家へ帰った。
夜19時になったところ、家にいても気分は収まらず夜道を歩いていた。コンビニへと向かってみたはいいものの、普段食べもしないお菓子をなぜか買って、あの公園の方へ歩いていた。
はあっと息を吐きつつ、視界を上へと向ける。ばつの悪いことをしたと感じる公園。
あの、断りを告げたベンチを見る。
彼女は、座っていた。
それを見て、足は自然と彼女へと向かっていた。
「どうして、まだここにいるんですか。」
思わず、つぶやいた言葉に彼女は驚いたように顔をあげる。
「どうして、ここに。」
それは、こっちの話なんだけどなあ。
「たまたま通りかかったので。」
「それより、なんで、まだいるんですか。あれから、ずっといたんですか。」
その言葉に、少しためらいを見せながら、はいと答えた。
どうして、彼女はこうも露骨なのだろうか。まっすぐともとれる愚直さがあるといってもいい。むしろ、なぜこれで友達がいないのだろう。
もうこれを知って、友達にならないわけにはいかない。一種の脅迫を突き立てられたようだ。
「あの、よければ友達になってもらえませんか。」
そう言うしかなかった。
「はい、是非。」
俺たちは、友達になったのだろう。しかし、どうもしっくりこないような、ならされたようなそんな感じ。本当になんだかなあ。なんで、こうなったんだ。
そんなことを思っている中で彼女はおずおずと言った。
「あの、私は後輩です。」
なんというか、これまでの行動と今の言動から確信した。彼女はあほなのではないだろうか。
そう思って、少し肩の力が抜け息を吐くように次の言葉が出た。
「じゃあ、敬語はいらないか。よろしく。」
変な力を使えるもの同士の、日常が始まった。




