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お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力過ぎる【リメイク前】  作者: 枩葉松@書籍発売中


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第34話 あたしの


「見てよ、雪積もってる! ちょー綺麗なんだけど!」


 翌日。


 早朝から電車を乗り継いで、昼頃に目的地の最寄り駅に到着。そこからバスに乗り込み、キャンプ場へと向かう。

 山の頂上には雪が降り積もっており、バスの窓に顔を張り付けて杏奈は大盛り上がり。

 乗客は僕たちしかいないから注意はしないが、運転手と車内ミラー越しに目が合い少し恥ずかしい。


「どしたの? 何かテンション低くない?」

「今日何時に起きたと思ってるんだ。眠いんだよこっちは」


 大事な話がある、と言われたのもあり、昨晩はほとんど眠れなかった。

 電車の中で少し仮眠をとったが、まだまだ全然足りない。

 

「じゃあ、はいっ」

「は?」

「使っていいよ」


 ポンポンと、杏奈は自分の膝を叩いた。

 公共交通機関の中でいちゃつけるほど、僕の心は鍛えられていない。


「それなら、あたしが使っちゃおー」


 と言って、身体を傾けて僕の肩に頭を乗せた。

 シャンプーの甘い香りがふわりと鼻腔を刺激し、長い髪が僕の身体を伝って手の甲をくすぐる。


「ねえ」

「ん?」

「へへへーっ」

「いや何だよ」


 杏奈は僕の手の甲に自分の手を重ねて、ぎゅっと優しく握り締めた。


「好き合ってる二人でお泊まりとか、大人みたいだね」

「……まあ、そうかもな」

「あなた、って呼んでもいい?」

「飛躍し過ぎだろ」

「ダーリンならいいってこと?」

「……勝手にしてくれ」


 僕は大きな欠伸を一つ漏らして、頬を焼く熱を隠すように顔を逸らした。



 ◆



 木々に囲まれちょっと陰になったところに、杏奈が予約したキャビンは建っていた。

 木造の小屋で、開放的なテラスにはハンモックが吊るされており、中央にはBBQグリルが鎮座している。中はこじんまりとしており、ベッドやテーブルなど最低限の家具に加え、隅に置かれた薪ストーブが非日常を演出する。


「やばくない、これ!? 早く薪入れてみようよ!」

「ちょっと待てよ。まずは使い方を調べて――」

「大丈夫だって! あたし、全部覚えてきたから!」


 杏奈の頭の作りが常人と違うことを思い出した。

 そもそも、ここを予約したのは彼女だ。大抵の知識は頭に入れているのだろう。


 先ほど購入した薪を手早く入れて、着火。

 小さかった火は徐々に大きくなり、ガラスの奥でメラメラと輝く。じんわりと熱も伝わってきて、冷え切った身体によく沁みる。


「……これ、いいな」

「……うん、ちょーいいね」


 ただ箱に木を入れて燃やしているだけなのに、なぜだか異様にほっとする。

 揺らめく炎は眺めるほどに思考力が落ち、寝不足もあって瞼が重くなってくる。


「あ、そうそう。布団ってどこにあるんだ?」


 眠たい脳みそで、ふと思った。

 ベッドはあるが、マットレスが一枚寝そべっているだけで、枕も布団も置かれていない。収納スペースらしき場所も見当たらないため、疑問に思って杏奈に尋ねる。


「ないよ」

「……は?」

「いやだから、布団はないの。自分で持って来るか、事前に予約してレンタルするシステムだから」


 土壇場とはいえ、何のリサーチもしていなかった僕が悪いのもあるが、流石にそれは事前に伝えるべきことだろう。そんな心情を察してか、杏奈は「大丈夫だって」と僕の背中を叩く。


「あたしが全部、上手いことしてあるから!」


 そう言って、ふふふっと妖し気に笑って見せた。

 何だその顔は。何だ上手いことって。……問いただしたいところだが、やめておこう。どういうイベントが用意されていたところで、寝具を持たない僕に拒否権なんて存在しないのだから。



 ◆



 薪ストーブで温まるのもそこそこに、僕たちは売店へ行きピザを購入した。


 最初はBBQセットの予定だったのだが、どうやらこのピザは薪ストーブの中へ入れて自分で焼くものらしい。ただ肉を食うより絶対にこっちの方が面白いと、僕と杏奈の意見が一致した。


 結果として、この選択は正解だった。

 まあこんなところで食べたら具のないカレーでも美味しく感じると思うが、そんなことを差し引いても、薪で焼いた出来立てのピザは今までに食べたどんなピザより美味しかった。


 食後、しばらくだらだらとして。

 不意に杏奈が、「そろそろ行こっか」と掛けていたダウンジャケットを取り袖を通した。僕もそれに倣って防寒具を着込む。星を見に行くために。


「外は流石に冷えるな」


 扉から一歩外へ出ると、吐いた息は白くなり、冷たい風が耳を刺す。

 手のひらを擦り合わせて、はーっと息を吹きかける僕に、


「こうしとけば平気だよ」


 杏奈は僕の手を取ると、恋人たちがするように指を絡ませた。

 外気に晒されているため、ポケットに突っ込んでいる方がずっと温かいのは明白だが、彼女から伝わる体温が心臓を早めて全身が熱くなる。


「うわぁ、すごいね。うちで見るのと全然違う」


 空を仰げば、満点の星が広がっていた。

 幸い雲もなく、歩くほどに外灯が少なくなり、星の輪郭が鮮明になってゆく。


 小さい頃は何度か山や川へ泊まりで遊びに行ったが、わざわざ頭上を見上げることなんてなかったため、こんなに綺麗だなんて知らなかった。


 ……でも、それよりも、「わぁー」と小さな歓声をあげる杏奈の横顔が何よりも綺麗だった。

 一瞬見惚れてしまうが、すぐに視線を落とす。


 わざわざ星を見に来てるのに何やってるんだよ、僕は。


「水星ってあるでしょ。あの星の一日って、地球時間で百七十日以上あるんだよ」

「へえ。そんなこと、よく知ってるな」

「あたしたちが水星人だったら、もっとずっと一緒にいられるのにね」

「あんまり長いと、ありがたみが薄れそうな気がするけど」


 もしも水星人だったら、なんてバカ話に本気で返すのもどうかと思ったが、彼女の目が真剣だったため僕もそれに倣って返答する。


 杏奈は面食らったように目を丸くして、


「真白って、あたしと一緒にいることに、ありがたみとか感じてるの?」

「……そんな大それたもんじゃないけど、普通に楽しいし、幸せ者だなとは思ってるよ」

「ふ、ふーん。へー。そっかそっかー」


 満足げに言って口元を緩め、今にもふわりと浮きそうな足取りで薄闇の中を進む。僕を軽く引っ張りながら。


 しばらく歩いて、ベンチに腰を下ろした。

 ぷらぷらと足を動かしながら星を眺める杏奈に、僕はいい加減に痺れを切らして口を開く。


「なあ、大事な話って何なんだ?」

「あ、それ聞いちゃう?」

「聞いちゃうって何だよ。お前がもったいぶるから、こっちはずっと気になってたんだぞ」

「いや、ちょっと難しくってさ。もう言わなくてもいいかな、とか思ったり」

「はぁ?」


 意味がわからず首を傾げると、杏奈は「うーん」と唸って視線を泳がせた。


「うん。そうだね。ちゃんとした方がいいよね」


 そう独り言ちて、僕へ視線を流す。


「あたしと真白って、結局どうなったの?」

「ど、どうって?」

「あたしは真白のことが好きで、真白もあたしのことを好きになってくれたんだよね。それで、どうなったの? 真白はどうしたいの?」


 繋いでいた手を解き、ベンチに両手をついて前のめりになりながら言った。

 すぐそこまで迫る瞳に気圧されて、僕は若干のけ反りながら唾を呑む。


「それについては、二人で話し合って――」

「真白が決めて。あたしはそれに従うから」


 僕たちは付き合っているのか、いないのか。

 そういうことを、杏奈は問いている。


 お互いに好き合っているのだから、恋人同士なのかもしれない。

 しかし、恋人たちがするようなことはできない。不純異性交遊をすれば実家に帰ることになる。今の杏奈との物理的な距離感が心地いい僕にとって、それは本意ではない。


 だが、杏奈側に立った場合はどうか。

 これまで彼女は、散々僕のことを誘ってきた。彼女はずっと、()()()()()()がしたいと望んでいる。好きな子の願いを叶えてあげたいとは思うし、当然だが僕にも欲求がある。

 

「……僕、は」


 ようやく絞り出した声に、杏奈はゆっくりと頷いた。


「僕は……たぶん杏奈と出会わなかったら、早々に勉強も脱落して実家に帰る羽目になってたと思うんだ。ひたすらにバイト漬けで、どうしようもなくなって。でも、杏奈のおかげで勉強は何とかなってるし……一緒にご飯食べたり喋ったりするのが、すごく楽しい」

「うん」

「だから、今の生活を続けたい。杏奈が隣にいて、夜一緒に過ごして……そういうのが、今の僕にとっての幸せだから」


 自分勝手な主張だと理解していた。


 しかし、杏奈はわざわざ僕に決めてと言ったのだ。

 彼女は言いたいことはハッキリと自分で言うし、他人に忖度させるようなことはしない。僕が下手に杏奈の気持ちを汲んで発言しても、彼女は喜ばないだろう。


 ……でも、流石にこれはまずかったか?

 俯いたまま黙りこくる杏奈を見て、僕は発言の訂正をしようか迷った。僕の願いを中心に、彼女の願いを叶える関係性はないものかと模索したところで、


「よかったぁ……!」


 と、杏奈は胸を撫で下ろした。


「あたしも今のままの方が楽しいんじゃないかなって思ってたからさ! でもほら、あたし、散々誘惑してきたでしょ? 真白がその気だった時、あたしが今のままの方がいいとか言っちゃったら激萎えじゃん。だから決めて欲しかったんだよねー」

「あ、あぁ。そうだったのか」

「そうそう! いやー、よかったー!」


 あっはっはっ、と二人で笑い合って。

 杏奈は何かに気づいたのか、スンと無表情になって視線を落とした。


「…………嫌」

「え?」


 杏奈は薄く開いた唇からぽつりと声を零して、勢いよく顔を上げた。


「嫌っ! ちゃんと彼氏彼女じゃなかったら、真白が誰かに取られるかもしれないじゃん!」

「いきなり何言ってんだよお前! さっきの会話忘れたのか!?」

「だって真白、絶対モテるもん! あたしだけの真白じゃなくなっちゃう!」

「……いや、モテないから」

「は? あたしの見る目が間違ってるって言いたいの? あたしが心底大好きになるくらい、真白っていいところの塊なんですけど?」

「何で喧嘩腰なんだよ!? 褒めてくれるのは嬉しいけど!」


 ふむと腕を組み、真剣な面持ちで考え込む杏奈。

 しばらく待つと、何か思いついたのか「そうだ!」と手を叩いた。


「ちょっとこっち向いて」

「え? あ、あぁ」

「うん、よしっ。じゃあ、少し痛いかもだけど我慢してね」

「えっ――」


 杏奈は僕の両肩に手を置き、軽く身体を持ち上げる。

 瞬く間に彼女の顔が迫ってきて、僕は思わず目を瞑った。彼女の髪が耳をくすぐり、首筋に熱く柔らかい感触を覚える。瞬間、ちゅーっと優しく皮膚を吸い上げられ、淡い痛みが走り「うわっ」と声を漏らす。


「……へへっ。マーキングしちゃった」


 杏奈は僕から離れ、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。



「これで真白はあたしのだって、みんなにわかっちゃうね」



 そう言いながら、唇を濡らす唾液を指の腹でなぞった。

 首筋に手のひらをやると、まだそこには彼女の熱と湿り気が残っていた。されたことをようやく理解した僕は、カーッと全身に熱が回るのを感じる。


「不純異性交遊したら、今の生活がなくなること忘れたのか!?」

「大丈夫だよ。キスマークって内出血でしょ? 何で内出血起こしたら不純異性交遊になるわけ?」

「そういう理屈持ち出したら、もう何でもオーケーになるだろ……」


 今回の宿泊は、星を見に行くため、で通じるだろう。

 しかし、キスマークはどうか。杏奈の頭の回転の早さには驚かされるが、その言い訳が通るのかいささか疑問だ。


「美墨あたりからアウト判定が出たら、僕は素直に実家に帰るからな」

「えー? でも仕方ないじゃん、不安なんだし」

「意味がわからん」


 特大のため息を漏らす僕をよそに、杏奈は満足そうにコロコロと笑った。


 ……まあ、とりあえずはいいか。

 こいつが喜んでるなら、それで。


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