表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/36

第1話 楽しいことしちゃう?


 大家族なんてロクなものじゃない。


 両親に祖父母、兄が一人と姉が二人、弟が二人に妹が三人。

 僕を含めた合計十三人が暮らす我が佐伯(さえき)家には個人の部屋という概念がなく、僕は弟二人と四畳半に詰め込まれ小中時代を過ごした。


 狭いだけならまだしも、トイレは争奪戦に発展するし、食事の取り合いで殴り合いになるし、風呂は基本二人以上で入るため安らげる場所がない。


 プライベートな空間が欲しい。


 そう毎日のように口にしていたおかげか、高校進学を機に一人暮らしを許可された。

 ただそれには、


【試験では学年十位以内をキープすること】

【生活費は自分で稼ぐこと】

【不純異性交遊はしないこと】


 ……等々、条件が伴う。

 両親からすると相当厳しい条件なのだろうが、僕からすればこの程度で平穏が手に入るなら安いものだ。


 そもそも、学生の本分は勉強。学年十位以内は難しいと思うが、一人暮らしだろうが何だろうが、それくらいは目指すつもりでいた。

 あと生活費だが、バイトはする予定でいたから問題はない。

 不純異性交遊に関しても……まあ、彼女なんていたことないから、これも気にする必要はないだろう。


 そんなこんなで、僕は今年の四月から自分だけの六畳間(オアシス)を手に入れた。

 居室も風呂もトイレも、何もかも自分だけのもの。

 勉強とバイトの両立は思った以上に過酷だが、この生活を維持するためなら我慢できる。


 しかし。


 ある出来事をきっかけに、この平穏を脅かす存在が僕の部屋に入り浸るようになった。


「今なら何でも言うこと聞いちゃうけど、どうする?」

「じゃあ帰れ」


 床に座って卓に着き勉強にいそしむ僕の背中に、天城(あまぎ)のしなやかな足の指先が触れた。

 ベッドに寝転がる彼女は、「えー!」と不満げな声を漏らす。振り返ればまずいものが見えてしまうという状況に、教科書の文字が上手く入ってこない。


「そんなこと言うなら、もう勉強教えてあげないぞ?」

「うぐっ」


 おそらく天城は今、ニヤリと悪い笑みを浮かべたに違いない。


 彼女はピアスを空けたり髪を染めたりと、可愛いからという理由で平気で校則を破る問題児だが、成績はぶっちぎりの学年トップ。

 そして、こいつの勉強の教え方はおそろしくわかりやすい。

 学校の先生の誰よりも。今すぐ教壇に立っても問題ないくらいに。


「佐伯はあたしから勉強を教わる。その代わり、あたしは佐伯を惚れさせるために何してもいい。そういう約束なんだし、帰れ! はよくないよねー」

「た、確かにそう言ったし、お前のおかげで勉強が楽になったけど、今ちょっかい出すのはやめろよ! 集中できないだろ!」


 足の指を動かして、背中にゆっくりと文字を描く。……すき、と。

 身体的むず痒さと精神的むず痒さで、もう色々と勉強どころではない。


「うわっ」


 天城の両足が、僕の頭をがっしりとホールドした。

 太もものやわらかな感触と甘い香りに、ガゴンと理性を殴られる。


 抗議しようと見上げると、艶やかな唇でにんまりと妖しげに笑う天城がいた。

 長い金色の髪が垂れ、僕の額を優しく撫でる。長い睫毛で縁取られた青い瞳がぱちくりと瞬いて、真っすぐに僕だけを映す。


「そんなのやめて、もっと楽しいことしちゃう?」

「だから、それしたら一人暮らしが終わるんだって!」

「バレなきゃ平気だよ。二人だけの秘密、作っちゃお……?」

「あぁーくそ、勉強の妨害禁止! 次やったら本気で追い出すからな!」


 天城の足を振り払うと、彼女は小さく悲鳴を漏らしながらベッドに背中から倒れた。

 ふぅーっとひと息漏らして、再び教科書と向かい合う。


「ねえ佐伯」

「ん?」

「さっき言った楽しいことって、なに想像したの? ゲームでもしようって意味だったんだけど」

「っ!」


 ギシ、とベッドが軋む。

 天城の顔が右耳のそばまで迫り、妙に荒い鼻息で鼓膜を揺れる。



「あたしはいいよ、そういう楽しいことでも。佐伯がしたいって言うなら」



 甘美な熱を纏う声に、僕は右耳を押さえて床に転がった。

 天城は僕を見つめ、ニヤニヤとしている。


「だからぁ! 勉強の妨害禁止って言っただろ!」

「えー? おさわりしてないじゃーん」

「それでもダメなもんはダメだー!」


 僕が何をどれだけ叫ぼうと、天城は楽しそうに笑うだけ。

 その顔はため息が出るほど綺麗で可愛くて、本気で苛立てない自分に対して余計に腹が立つ。


 平穏だった一人暮らしが、どうしてこうなったのか。

 事の発端は、数日前まで遡る。


面白い、続きが気になると思った方は、ブクマや評価等で応援していただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ