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5・猫又のお玉さん。『猫室』について語る

謎のお婆さんの正体は猫又だった!?

 悪戯だろうか?だがそれにしては手が混みすぎているし、そんなことをする意味がわからない。目の前で老婆のお尻から出た毛のついた長いもの、どうみても尾っぽにしか見えないものが揺れている。催眠術でもかけられそうな気分になって、隼人は被りを振りお茶を飲む。

 これを飲むと細かいことはどうでも良くなる。お酒でもなんでもかまわない、もっと飲んで酔っ払わないとまともじゃいられない。

 猫又だって?なんだって役場に?人間の格好で?言葉も喋って?

 隼人の頭に擬物が次から次へと湧き起こる。

 公務員として初めての朝、緊張のあまり寝れずに寝坊して、それでもできるだけ真面目に努めようと身を引き締めていたのが夢のようだった。

 一体なんなんだ?

 「にゃははは。隼人くん、戸惑うのも無理はにゃい。ま、もういっぱい飲みにゃさい」

 今度も老婆が熱そうに入れてくれたお茶を隼人は飲む。

 「まあ、にゃかにゃか口では説明が難しいとこにゃのでな、驚かすとは思ったが、いきなり見てもらったのじゃにゃ」

 ゴクリと飲んだお茶が体に染み渡り、なんとも暖かい気分になった隼人は答える。

 「あにゃ、あなたが猫又だということはわかりました。今はそういうことで話を聞きます。それで、一体どういうことなんですか?」

 「まず何から話したもんかにゃ。そうじゃにゃ」

 咳払いをした老婆は後ろに腕を組み、窓の方をむいて話し出した。

 「ワシの名は龍造寺お玉。もうかれこれ100年は生きている猫又じゃ。ワシが猫又になってしばらく経った頃、この国はいろいろあってにゃ。君のような若者も学校では教わっておるかと思う、あの戦争じゃにゃ。それでともかく、いろいろの争いが起きた。人間同士も、人間と動物も。その大きな争いのあと、その時この役場にいた偉い人間と、猫や狸、狐やイタチなんかの動物の間で協定ができたのじゃにゃ。我らの権利を人間が守り、人間の安全を我らが保証するとにゃ」

 遠い目をして老婆、いや、お玉さんは青空を見ている。寂しげな、どことなく懐かしげな目で。

 「日本各地でおにゃじようにゃ争いはあったんじゃが、ここのように協定を結べた地域は少なく、悲劇的な結末も多かった。それに、協定も時間が経つにつれどちらからともにゃく忘れられ軽んじられ。いまでは日本で唯一、この役場だけが、人間と動物の協定を守っておるのじゃにゃ」

 「信じられない」

 「そうじゃろうにゃ。変化できる動物にとって人間に正体を知られるのはこのみゃしくないし、人間もまた動物が権利を持つことを公に認めようとはしにゃい。古い秘密はいつしか人や動物の記憶から消え去って、簡単に破られ捨てられてしまうのじゃ」

 お玉さんの尻尾がグネリとうねり、怒りとやるせなさを物語る。

 「じゃがにゃ。この町にはいみゃでもあの時の約定が生きておる。そしてな、隼人くん」

 と言っておたまさんは向き直り、目を優しげに細めて隼人にいう。眩しい空を見ていたせいか、瞳が縦に糸のように細くなっている。

 「君にはその約定を守る仕事をしてもらいたいんじゃにゃ。人間と動物、とくに、ここは猫室じゃから、『猫』の権利を守る仕事をにゃ」

 「猫室、ですか?」

 「おお、そうじゃ。この部署のにゃ前じゃにゃ」

 ぴょんっと人間には不可能と思われる身軽さでちゃぶ台をひとっ飛びに越えたおたまさんは床に音もなく飛び落り、そのまま素早く外へ出る。

 そして入ってくる時に隼人が見逃した、入り口横にかかっていた看板板を取り外し小屋に持ち込んできた。

 隼人も立ち上がり、お玉さんに近づく。

 自分の背丈よりも大きい板を隼人に見えるように捧げもち、お玉さんは読み上げた。

 「東京都 伊那鹿町役場 福祉部 指導監査担当課 猫室」

 胸を張り、隼人に向かってお玉さんは言った。

 「今日から君の所属室にゃ。ほこりに思いたみゃえ」

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