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4・奇妙なお茶は未知の味。謎のお婆さんの正体は?

 小屋の中は半分がリノリウム張りの床で事務机と棚がいくつかあり、その奥に畳の座敷がある「こち亀」の派出所のような造りになっている。座敷に上げられた隼人はちゃぶ台の前の座布団に正座する。老婆は棚から取り出した湯呑みを二つ並べ、急須に電気ポットから湯を注いでお茶を出してくれた。

 ポットから湯を入れるのも急須の蓋を抑えるのも、非常に熱そうにしきりに手を離しては振って冷まして、なんとかかんとか入れていたようなので、隼人は熱さに警戒しながらゆっくりと口をつけた。

 が、これがぬるい。

 よく見れば湯気も上がっていないし、老婆が熱そうに渡してくれた湯呑み自体冷えていて湯の熱で温まっていない。

 ポットが壊れているんじゃないかと隼人は思ったが、老婆はその茶をすすって熱そうに舌を出して冷ましながら

 「はあー、あたたまるにゃあ」

 などと悦にいっている。

 きっととんでもない猫舌に違いない。

 驚くよりも納得した隼人は改めてそのぬるい茶をすすり、普通のお茶にしてはかなり酸味と苦味があって顔をしかめた。

 「変わった味ですね」

 思わず口をつく。老婆はにまりと笑い、小声で秘密を打ち明けるようにいう

 「秘密じゃぞ。昼みゃからこんにゃものを飲んでいるとしれたら大変じゃ」

 「え?もしかしてお酒入ってるんですか?」

 隼人は極端にアルコールに弱いたちだ。大学の最初の飲み会でビール一杯で真っ赤になり、二杯で頭痛が治らなくなって一晩じゅう苦しむことになったのは忘れられない。サークルでも学校の付き合いでも飲める人たちの楽しそうなやりとりを羨ましく見ていたが、最近はようやく諦めがついてきたところだ。

 またあんな苦しい思いはたまらない、と焦る隼人に、老婆は首をふり

 「いやいや、もっといいものじゃにゃ」 

 と、どこか怪しい呂律で答える。

 酔っ払っているようにしかみえない。でも自分が気持ち悪くならないんだから本当にお酒ではなさそうだ。

 もう一度、においだけ嗅いで飲むのを諦めた隼人は、お茶?を啜ってはご機嫌な老婆の出方を伺う。研修で来た以上仕事の一部だ。これも何かの試験かもしれないと隼人は思うことにした。変なことばかりだが付き合うしかないよな。

 「ふむふむ、思ったとおりの子のようじゃにゃ」

 細めていた目をちろりと隼人へ向けて老婆がいう。

 「もう少し、その茶を飲むがいい、飲みながらはにゃそう」

 そう言われては断りにくく、隼人は躊躇いながらももう一度湯呑みを手にする。

 少し飲んでは老婆に顎で促され、一口、二口と飲むうち胃の底の方が熱くなってきた。そこから次第に熱が広がり、全身が暖かくなる。半分も空ける頃には顔が熱って気分が高揚してきていた。

 「気分はどうかにゃ?」

 「いい気持ちです、でもなんだかこれって」

 隼人は最初は味に躊躇いがあったはずの茶をすするのが、なんだかやめられなくなってきてもう一啜りしながら答える。

 「やっぱりお酒なんじゃないですか?どうも体があったかくなって、妙に楽しくなって」

 お酒を飲む友人たちを見ていたり、話に聞いたりしたのがこんな反応だ。

 酔っぱらう。

 気持ち悪くなんて全然ならなくて、ポカポカして気分がはずんでくる。どうでもいいことが可笑しく思えて、人懐っこくなって馬鹿騒ぎをして。

 まだそこまで深い感じはないけれど、憧れていた感覚に近い軽い酩酊を隼人は感じていた。

 でも、気分の悪くならないお酒なんてあるのだろうか?もしかしてもっとやばいものじゃ?

 「にゃはははは。心配しにゃくてもお酒じゃにゃいし、違法なものでもにゃいよ」

 老婆は体を隼人に向き直ると首を傾けてたずねる。

 「隼人くん、君はワシの正体がわかるかね?遠慮せんでいいからいって見にゃさい。変な婆さんだとおみょっとろうが?」

 いつになく気分がふわふわして、隼人は思わず「化け猫」と言いかけて思い直す。

 「もしかして、その、猫ですか?」

 (自分が)猫(だと思っているおかしな人)ですか?のカッコの中を省略して隼人が言った答えに老婆はうなづいた。

 「その通りじゃにゃ」

 そして、立ち上がった老婆は体を横に向け、むっと力を入れる。

 途端にもんぺの後ろ、気づかなかったが、もんぺのお尻に男のパンツの前側についているようなスリットがあったようで、そこから毛むくじゃらの大きな尾をが飛び出した。

 呆気にとられて隼人はその白い尾を見つめる。ゆらゆらと気持ちよさそうに動くその尾は、途中から二本に分かれている。

 「わしは猫。猫又じゃにゃ」

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