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1・伊那鹿町到着。生意気な猫に出会う

普通の目立たない男子が、猫に翻弄されながら頑張って仕事をこなしていく話です

 「やっと着いた。まさか電車を間違えてしまうなんて」

 ホームに降りた隼人はあわててスマホで時間を確認する。よかった、約束の時間には間に合いそうだ。隼人は胸を撫でおろした。

 伊那鹿町。

 高架になっているホームは4番まであり急行の追い越し線もある。高架の柵越しには高層マンションや駅ビルも見えた。名前で予想していたよりは普通に都会で、隼人は拍子抜けする。

 『イナカマチ』なんていうから変に構えちゃったけど、一応ここは東京だし当たり前か。

 高架から降りる階段の壁に、子供達の書いた野鳥やトンボの絵や綺麗な水辺の写真が飾られているのは東京らしからぬ雰囲気だ。この町は自然が売りなんだろうか。

 平日の午前中ということもあって人通りの少ない駅前に降り立ち、隼人は大きく伸びをした。慣れないスーツを着ているせいで肩が凝ってしかたない。

 「なんだか腹減ったな」

 寝坊してなにも食べてこなかったことを思い出し、これから研修で時間もかかるしな、と、駅の高架下のパン屋でソーセージパンとパックの牛乳を買う。

 ロータリーの中央にある噴水に面したベンチに腰掛け、パンにかぶりつくとソーセージが魚肉であることに気づいて隼人は戸惑った。

 「なんだこれ。こういうの普通は豚肉のソーセージじゃないの?」

 美味しいしまあいいかともぐもぐやっている隼人の目に、こちらを睨む小さな生き物の姿が見えた。

 猫だ。

 茶と黒とグレーの混じった虎柄で、キジトラっていうやつだろうか。

 そういえば改札を出た時からあそこにいた気配があったし、ずっとこっちを見ていたような気がするな。

 隼人と目があってもその猫は逃げたり目を逸らしたりすることなく、むしろさっきよりもじっとりとした目で睨んでくる。なんだ監視されてるみたいだ。

 「もしかしたら腹が減ってるのかな?」

 隼人はパンの魚肉ソーセージを少しちぎると、怖がらせないように姿勢を低くして差し出してみる。猫の目が一瞬見開かれ、ゴクリと唾を飲んだような仕草をする。妙に人間臭い動きをするけれど、やっぱり空腹に違いない。

 隼人はソーセージを猫の目の高さに差し出しながらゆっくりと近づいていく。猫はじっと見つめていたが、なぜがプイと顔を逸らした。だが、それは隼人には、食べたい欲求を我慢しているように見えて仕方ない。

 わかりやすい猫だな。

 心の中で笑いながら、隼人はこれ以上は相手が警戒して逃げる限界、と思われる距離まで近づいてしゃがんだ。そして、ソーセージを動かしてアピールする。

 「ほれほれ、おいしいソーセージだぞ」

 顔を逸らしたままの猫が、細く目を開けて横目でそれをみる。再びゴクリと唾を飲み込む。隼人はしめしめと、さらに半歩近づきソーセージを振る。猫の尻尾がパタリパタリと落ち着かなげに動く。もう半歩。そっぽを向こうとはしているが、目はすでに半分以上開き、隼人の手元に釘付けだ。ほらほら、我慢できまい。もう半歩。

 ほとんど猫の目の前まで手が近づいて、猫の鼻先にソーセージがくっつきそうになる。

 一度ギュッと目を瞑った猫の毛にそぞっと逆毛の波が走った、かと思うと

 「うわっ」

 飛びかかってきた猫に驚き隼人は尻餅をつく。やられた。

 反対の手に持っていたソーセージをパンごとかっさらった猫は、ぴょんぴょんと素早く距離を開けたあと隼人を振り返ると、その場にしゃがみ込み早速ご馳走の体勢だ。

 なんだか馬鹿にしているようにも見えるし、お前の言うことなど聞かんぞ、というようにも見える。こういう読めなさが猫っぽくて隼人は好きだ。

 「でもまあ、あいつが我慢していたソーセージを食べさせたんだから俺の勝ちだな」

 手に残ったかけらを口に放りこんで、勝手に勝ち誇っていた隼人だったが、すぐに青ざめた。

 「しまった、こんなことしてる場合じゃない。遅刻遅刻!」

 今日はこれから、隼人が働くことになる役場での研修があるのだった。絶対に遅刻できない日なのに、猫にかまってるばあいじゃなかった。

 我に帰って走りだした隼人を遠目に見ながら、猫は美味しそうにパンにかぶりついた。


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