96. 井の中の蛙、大海を知る
大鬼がシニヨンの女を吹き飛ばしている頃、鬼人は扇を持っていた女をボコった後だった。
「フン。口程にもないヤツらだ」
鬼人の周りでは裏ギルドのメンバーが3人倒れており、ドレッドの女と扇の女は、一撃で倒されたり少ない手数で倒された為か、割と綺麗な見た目の状態で倒れていたのだが、ベリーショートの男の方は、顔を腫らし身体中に痣を作って血だらけになっており、酷くボロボロの状態で倒れていた。
3人をボコった鬼人は、雄太へと加勢に行こうとしたのだが、雄太の状況を確認した後に、大鬼と同じ様に壁の上に座っているエルダの元へと歩きだした。
槍棘と餓鬼の集団から逃げ回っていたサイドカットの男は、最終的には餓鬼の集団に追いつかれて捕まってしまい、囲まれて容赦なく殴る蹴るとボコボコにされていた。
「オイオイオイオイ・・・どうなってるんだコイツらは・・・」
現状、裏ギルドのメンバーは、芽衣1人だけが立って残っていると言う状況であり、離れた所からこの闘いの状況を見ていた木下は、驚愕の表情で倒れ伏している裏ギルドのメンバー達1人1人へと視線を移していた。
(これが、あの小僧1人の力と言う事なのか・・・)
木下は、雄太によって聞かされた、鬼人と大鬼は雄太のスキルによって発現されていると言う言葉を思い出し、実際、この戦いは、10対3等では無く、始めっから10対1であったと言う事に改めて気づいた。
その当人である雄太は、現在、芽衣への攻撃を止めており、ボロボロの刀を片手に激しく肩を上下させて息をしている芽衣へと涼しい顔をしながら対峙していた。
「ハァハァハァ・・・」
「どうやら残るはアンタ1人の様だな」
雄太はエルダの元へと向かっている大鬼と鬼人、餓鬼達によって袋叩きにあっているサイドカットの男を見て、疲労の色が濃く見える芽衣へと話しかけた。
「そうですね・・・チーム戦でも負けて、個人戦も私達の負けと言う事ですね・・・力を出しきれずに負けたのは、生まれて初めてですよ・・・橘花さんって、化物ですね・・・」
負けを認めた芽衣は、まだまだ能力を隠している様ではあったが、途切れる事無く、延々と放たれ続けていたスライム弾の弾幕を防いでいただけで酷く疲労しており、これ以上の戦闘は厳しそうだった。
「と言う事で、最後に、少し悪足掻きさせて頂きます」
「あぁ。好きにしろ。最後くらいは飛び道具なしでやってやるよ」
そう言うと、雄太は右手の赤腕を通常の赤腕へと戻した。
「その舐めた態度を後悔させてあげます!【十拳剣】転身!天叢雲剣!」
芽衣がスキルを発現させると、手にしていたボロボロの刀が伸び始め、右手へと黒い柄が長い大太刀、所謂、長巻が現れた。
「芽衣っ!?」
芽衣が長巻を発現させたと同時に、木下が焦る様に芽衣へと大声で名前を叫んだ。
芽衣は大声で自身の名前を叫びだした木下をチラッと横目で見た後に、無視するかの様に雄太へと視線を定めた。
雄太を倒す事へと集中した芽衣は、右足を引き、身体を右斜めに向けて長巻を右脇に取り、鋒を後ろへと下げて構えた。
「スゥゥぅぅぅぅウ・・・フっ!」
芽衣が大きく息を吸った後に短く息を吐いた瞬間、芽衣は一足飛びに雄太へと詰め寄り、右手に持っていた長巻を雄太へと向かって右から左へと横に薙いだ。
雄太は余裕を持って後ろへと半歩下がって長巻の薙ぎを躱すが、芽衣は流れる様な動きで左下から右上へと切り上げたり、袈裟に振り下ろしたりと、連続して剣撃を放ち続けた。
しかし、疲労している芽衣の動きは最初の頃と違って鈍っており、雄太はそろそろか?と思いながら、長巻の柄による突きをバックステップで距離を取って躱すと、背中から100を超える赤腕を、まるで巨大な2対の蝙蝠の羽の様に広げて発現させた。
「!?」
「上手く躱せよ」
雄太は肩で息をしている芽衣へと向かって一言伝えると、背中の赤腕は天へと登っていき、連続して芽衣の頭上へと振り下ろされた。
芽衣は手にしている長巻の刀身を身体を捻りながら背後へと向けて下段で構え、気合を入れながら力を溜めた。
「クッ!?飛び道具は無しじゃなかったんですかぁぁぁ!?ハァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああアっ!! 八魂八壊! 八岐大蛇ぃィィィィィィぃぃぃぃいっ!!」
芽衣は、飛び道具は使わないと言った側から中距離攻撃を仕掛けて来た雄太に対して愚痴をこぼしながら、迫りくる赤腕の群れへと向けて、全身のひねりを加えて長巻を頭上で横に薙いでスキルを発現させると、8体の龍の様な漆黒の大蛇が長巻から顕現され、芽衣の頭上から迫り来る赤腕の群れへとうねりをあげ、顎門を大きく開けながら向かって行った。
赤腕の群れへと飛び込んで行く8対の大蛇は、大きく開けた顎門でもって、頭上から迫り来る雄太が発現させた赤腕の群れを喰らおうとするが、雄太の赤腕はまるで意思を持っているかの様に8対の漆黒の大蛇の顎門を次々と躱していき、横から貪る様に8体の漆黒の大蛇へと喰らい付いていった。
暴食がパッシブで付与されている雄太が発現させている赤腕は、芽衣によって発現された漆黒の8体の大蛇を喰らうかの様に、スキルと言う現象を喰らっていった。
「な、なんなのコレは!?・・・わ、技が、喰べられている!?」
芽衣は、8体の漆黒の大蛇が大量の赤腕によって喰べられて姿を消していく光景を見て、今が戦闘中だと言う事も忘れ、全身の力がドッと抜け落ちたかの様に動きを止めて驚愕した。
8体の大蛇を喰らい尽くした赤腕の群れは、滞空しながら先端を芽衣へと向け、弱っている獲物を見て楽しんでいるかの様にゆらゆらと動いていた。
「どうした。こんなもんがアンタの最後の悪足掻きってヤツなのか?」
「クっ!」
芽衣は、自身が想像していた以上の雄太の力に対し驚愕し、これ以上、なす術が無いと言った感じで、手にしている長巻は元のボロボロの刀へと姿を変えた。
「って言うか、殺す気で向かって来たって事は、勿論、殺される覚悟もあるって事だよな?」
雄太はトーンが下がった冷たい声で、まだ戦いは終わってはいない、と言った様な表情で芽衣へと視線を向けた。
「そうですね・・・本当のところ、死ぬのは嫌です。私も含め、この戦いに参加した私たち裏ギルドのメンバー達は、新たな世代だとか、今代の主戦力だとかと言われて周りから持て囃され、今の状況に驕っていました。そして、いざ、戦いとなったら明らかに覚悟が足りていなかったです。本来なら皆んな橘花さんに一撃で殺されていましたね・・・」
芽衣は今の裏ギルドのメンバーの状況について語った。
(あのジジイが言っていた経験ってのは、多分この事だな・・・)
「多分、アンタ達は、今まで自分より強いヤツと戦った事がないんじゃないのか?」
最近とは言え、スライムダンジョンの中でいくつもの死戦を潜った雄太には、大鬼や鬼人、雄太の手によって倒されていった裏ギルドのメンバー達の戦いが酷く緩く感じられた。
「えぇ。そうです。ダンジョンでも常にこのメンバーでパーティーを組んでいたので、そうそう窮地に陥ると言うことはなかったです。しかも戦い方に関しては、裏ギルドのマスターから直々に手ほどきを受けて鍛えられており、マスターと同等の力を持っている者もいるので、全てに驕りが出ていました」
「そんじゃ、調子に乗っていた自分を恨みながら死ぬこったな」
雄太から死の宣告を受けた芽衣は、死の階段へと最初の一歩めを乗せるのを抗うかの様に、手にしているボロボロの刀の鋒を前へと向け、左脚を引いて正眼の構えを取った。
「【十拳剣】転身!神度剣!」
芽衣は、最後の最後まで諦めずに雄太へと立ち向かうかの様にスキルを発現させると、ボロボロだった刀が、まるで修復されたかの様に真新しい姿へと変わり、刀身が薄らと白く光輝いた。
「良い覚悟だ」
雄太は芽衣の覚悟に対し心から称賛し、両手の赤腕の発現を解除して腰にある真っ黒なマチェットの様な短刀を引き抜き、逆手に持って左手を前にし、腰を落としてどっしりと構えた。
「その覚悟に対し、本当に飛び道具無しで殺ってやる」
お互いに手にしている獲物を構えている雄太と芽衣は、相手の先を取ろうとお互いの動きを観察しながら読み合っており、構えを取ったまま動きを止めた。
芽衣にとって数時間とも思える様な数秒が経過し、手にしている刀の鋒が少しブレたところで雄太の姿が消えたかの様に見える程の速さで芽衣へと肉薄した。
「クッ!?」
芽衣は雄太の接近に対して刀の刃を返し、右手一本で逆袈裟に左下から右上に斬り上げたのだが、雄太は直進から一転して右へとサイドステップで逆袈裟を躱し、右手に逆手で持っている短刀で芽衣の喉元へと斬りつける。
芽衣は瞬時に屈むが、芽衣が屈んだと同時に雄太は右の膝蹴りを芽衣の顔へと放つが、芽衣は雄太の膝蹴りを躱す為に右へと身体を投げ出して地面を転がりながら態勢を立て直し、手にしている刀の柄の端を握り、雄太の脚を狙って左から右に横へと薙ぐ。
雄太は自身の胸を軸として頭上へと飛び上がらない様に両足を上げて跳んで芽衣の刀を躱し、着地と同時に縮地の要領で左へと身体を倒して初速をつけて芽衣の横へと回り込む。
芽衣は横へと薙いだ刀の重みを利用し、雄太の反撃を阻止する為に左足を軸に刀を振り回して旋回しながら立ち上がった。
雄太は、芽衣が独楽の様に回転しながら刀の先を突きつけてきたので、半歩後ろへと下がって芽衣の刀を躱し、芽衣の回転が止まると同時に、回転していた軸足へと向けて右足の踵で水面蹴りを放った。
「がっ!?」
芽衣は雄太によって軸足を薙ぎ払われて態勢を崩すも、手にしている刀を地面へと突き刺してソレを軸に、側転して態勢を崩すことなく着地する。
雄太は着地した芽衣へと向けてフックの要領で右手に逆手で握る短刀を芽衣へと向けて繰り出すも、芽衣は地面に突き刺した刀の鋒を蹴って柄を握っている右手を軸に雄太へと下から斬りつけようとするが、雄太は繰り出していたフックの起動を変えて芽衣の刀へと殴りつける様に短刀の刃を当てて芽衣の刀を横へと弾いた。
ギンっ!
雄太は、芽衣の刀の刃を横に弾くと、そのまま刀を横へと弾かれて無防備になった芽衣の身体へと向けて左のフックを放つが、芽衣は膝を曲げて足を上げて雄太のフックを防御するも、レベルが上がりまくっている雄太のスライムスーツの身体強化による拳の威力は重く、芽衣は雄太の拳の威力に耐えきれずに左へと吹き飛んで転がって行った。
「ハァハァハァハァ・・・」
この数秒の攻防で、芽衣はすでに限界を超えており、肩で激しく息をしながら手にしている刀を立てて体重をかけながら身体を起こした。
雄太は、限界に達していながらも、雄太の攻撃へと必死でついてきて、しかも攻撃まで繰り出してくる芽衣への評価を一段上げた。
「アンタはこの連中の中で一番頑張っているよ。多分、この戦いに覚悟を持ったのもアンタ1人だけだろうよ」
芽衣は、疲労からか、手にしている刀を杖の様にして自身の身体を支えており、息を荒げながら雄太を力なく睨んでいた。
「ハァハァハァハァ・・・そうやって、上から目線で、偉そうに言われるのは、とても、癪に障りますね。ハァハァハァハァ・・・ですが、こうやって、橘花さんに、追い込まれてると、橘花さんが言う、覚悟と言うものが、なんなのか、って事が、なんとなく、解りましたよ。ハァハァ・・・」
芽衣は後ろで綺麗にまとめていた髪もバサバサに紊れ、神経を研ぎ澄ませながら集中して戦っていたせいか、全身汗だくの姿となっており、芽衣からは余裕と言うものがすっかり消え失せていた。
「あぁ。今も立っているって事はそうみたいだな」
雄太は再度短刀を構えながら口を開いた。
「俺が言う覚悟ってのは、死なない覚悟だ」
雄太はダンジョンの最下層でスライムグラトニーとの戦いを思い出した。
「戦う為には、殺す覚悟、殺される覚悟ってのを持ってもいいが、一番大事なのは、どんな事をしてでも生き延びる事だ」
雄太は会社をクビになって、ギリギリの生活をし、生きる為にダイバーになった事を思い出した。
「俺がアンタなら、自分の手の内を全て曝け出し、ここまでやっても勝てない相手だったら真っ先に逃げるけどな」
雄太は、初めてダンジョンへと潜り、一番最初に戦ったスライムグラトニーから逃げ出した事を思い出した。
「フフフフ。ホント、橘花さんって、訳が分からないですよね。こんなに、強くても、逃げる事しか考えてないんですね」
芽衣は、雄太の強さとは対極になっている、生きる為に逃げる、と言う考え方が好きになってしまった。
「まぁな。死ぬの嫌だしな。って言うか、我彼の力の差に気づいて真っ先に逃げたサイドカットのヤツは、俺的には結構、好感が持てるな」
雄太は構えている短刀を腰の鞘へと納めた。
「だから、今度からは強い相手や敵と対峙した時は、生き残る為に、迷わずに真っ先に逃げろよ。 生きていれば次にもチャンスができるからな」
雄太はエアロスライムから必死で逃げた事を思い出した。
「まぁ、対峙した相手が素直に逃してくれるかどうかは別だが・・・って事でーー」
短刀を鞘へと仕舞った雄太は、芽衣へと向けてスっと指を差す。
「え?」
「ーー槍棘!」
雄太が指先を向けている芽衣へと一言呟くと、芽衣の足元から地面と同色の無数の棘が現れ、無情にも疲れてボロボロになっている芽衣を容赦無く襲った。
「キャっ!?キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
芽衣は「信じられない!?」「嘘でしょ!?」と言った顔で雄太を見ながら、不意に足元から現れた無数の棘によって身体中を突かれて意識を失った。
「芽衣ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
事の成り行きを見ていた木下は、雄太の不意打ちによって全身を激しく打ち突かれて意識を失った芽衣の下へと走り出した。
雄太は、こちらへと向かって走ってくる木下と入れ替わる様にして、スキルズが居る方へと向けて歩いて行った。




