93. 自重なし
「オイ。ジジイ。アイツらがスキル使ってるって事は、俺達もスキル使っていいんだよな?」
雄太は背後で楽しそうにニヤニヤしている木下へと、この巫山戯たオリエンテーションについての確認をした。
この前襲われた時に戦ったヤツらとは全く違う動きを見せている裏ギルドのメンバー達と戦うには、雄太が鬼達にかけた制約や、バックパックの膨張だけで戦うのは些か厳しい感じがしたからだ。
「あぁ。良いぞ。さっきも言っただろ?なんでもアリだと。もしかして、怖気付いたのか?もしかして、今までの戦闘は、オマエのスキル達に全て戦わせて、オマエはこっそり何処かで隠れていた感じなのか?」
木下は、雄太を煽る様に返答し、雄太はこの巫山戯た催し物や木下の態度に対し、かなりイライラした。
「クソジジイ。言質取ったぞ。自重無しでスキルバンバン使うからな。アイツらが再起不能になったら、アンタが全ての責任持てよ」
雄太は木下にキレ、自重するのをやめる事にした。
「オマエらぁ!遠慮無しで全力でやるぞ!アイツらを殺したとしてもクソジジイがケツを持つ!アイツらの全てを容赦無く喰らい尽くせ!」
雄太の声を聞いた鬼達はニタァと三日月の様に口角を吊り上げた。
「「御意!」」
「文句はジジイに言えよ。【擬装】!」
雄太はスキルを発現させて、節々に赤黒いボディースーツとその上に真っ黒な防具、頭には真っ黒なヘッドマウントディスプレイを装着した格好へと姿を変えた。
鬼達も雄太へと合わせる様に、真っ黒な防具や服装へと身を包み、それぞれの手には厳ついガントレットや細い金棒が発現し、頭へと2本の角が現れた。
「鬼共ぉ!蹂躙の始まりだ!」
裏ギルドのメンバー達は、雄太の合図と共にいきなり姿が変わった雄太や鬼達に驚き、一瞬、動きを止めてしまった。
「オイ?意識を逸らすとか余裕か?」
雄太は、鬼達が相手にしていない3人の下へと瞬時に詰め寄り、片側ツーブロックの男の両脇に居た、杖を持った女とショートソードと盾を持った男の顔を赤腕で殴り飛ばした。
「ガフっ!?」
「ガっ!?」
杖を持った女とショートソードと盾を持った男は、なす術なく雄太に一発殴られただけで、簡単に意識を飛ばしてしまい、地面から起き上がってくる様子がなかった。
「なっ!?」
その光景を見た片側ツーブロックの男は、遠かった距離を瞬時に詰め、いきなり眼前へと現れた雄太から距離を取るかの様に急いでバックステップで後ろへと跳躍した。
「クっ!」
一方、姿が変わった大鬼を見たシニヨンは、再度アースウェイブを発現して大鬼のバランスを崩そうとしたが、大鬼は鼻からフンと息を軽く吐き、黄色く肥大化している右拳でもって地面を強く殴りつけた。
ドゴォンっ!!
大鬼へと迫っていたアースウェイブは、大鬼が地面を殴った衝撃だけで相殺されてしまい、大鬼が殴った地面は、大鬼を中心に放射状にヒビが入っていた。
細目の男は、大鬼が地面を殴る為に屈んだ隙を見逃さず、ファイアバレットを連続して屈んでいる大鬼へと放つも、大鬼は大きく息を吸い込んみながら立ち上がり、炎の球の群れへと空を切る様に拳を突き上げた。
「フンッ!!」
すると、大鬼へと迫って来ていた無数の炎の球は、大鬼による拳の風圧によって上昇しながら一瞬で全てが消滅してしまい、遅れてシニヨンと細目へと衝撃波が襲いかかって来た。
「キャっ!?」
「うおっ!」
シニヨンと細目は、予期せぬ衝撃波に襲われた事で、身体を後ろへとヨロめかせながら地面へと尻餅をついた。
別のサイドでは、両手に長さ50cm程の細い金棒を手にしている鬼人が、裏ギルドの3人によって囲まれていた。
先程の鬼人への流れる様な連続した攻撃を見るに、この3人はカナリの連携が取れており、まるで3人で1人の様な動きをしている。
3人は鬼人を囲みながら足を止めずに軽快なステップで常に動いており、鬼人も同じく、左右の視界の端に2人、正面に1人を捉えられる様に常に足を動かしながら動いていた。
3人も鬼人の位置取りに気づいているのか、鬼人の左右には大剣を持ったドレッドの女と、両手に逆手でナイフを持ったベリーショートの男が、示しあわせや合図もなしに、ぴったりと同じタイミングで鬼人の真後ろへと移動し、鬼人の両端の視界から消えた。
2人が鬼人の視界から消えたと同時に、正面の長い黒髪の女が両手に持っている鉄扇を、地面と水平に円を描く様に振ってスキルを放った。
「【鎌鼬】!扇車!」
長い黒髪の女の手にしている鉄扇から、大きいチャクラムの様な円を描いた2つの緑の扇撃が鬼人へと飛んで行くが、鬼人は扇撃を躱す様に再度上へと飛び上がった。
すると、待ってましたとばかりに大剣を持った女が、大剣を上段で構えながらベリーショートの男の背を蹴って鬼人より上へと飛び上がり、そのままスキルを発動させながら大剣を振り下ろした。
「【杭打ち】ぃぃぃ!!」
しかし、鬼人は瞬時に膨張を使って薄い緑色の刃の様な羽を発現させ、そのまま水平に横へと動いてドレッド女のスキルが乗った大剣の一撃を難なく躱した。
「なっ!?」
大剣の女によるスキルを乗せた上段の一撃で、空中と言う身動きが取れない鬼人を確実に仕留めたと思った3人は、羽を生やして空中を滞空している鬼人の姿を見て驚き、鬼人は重力によって落ちていく大剣の女へと向けて両手にしている赤い金棒でもって上から下へと殴りつけた。
大剣の女は手にしている大剣で、上段から迫りくる鬼人の金棒をガードしようとするが間に合わず、モロに頭へと2本の金棒を受けて、地面へと顔から叩きつけられた。
スキルを発現させて戦いだした雄太達の異様な姿を見た木下は、裏ギルドの若い主戦力達が次々となす術もなく一撃の元に倒れていくのを見て驚愕の表情を浮かべた。
(これが、小僧が言っていたスライムのスキルなのか!?)
木下が雄太達が戦う姿に目を見開いて驚いていると、不意に横から声をかけられた。
「エージ。俺もさっきから見ていたが、アイツらの動き、かなりヤバイな・・・」
木下の横には、どこから現れたのか、白髪の男性が立っており、木下は、急に現れた白髪の男に対して驚いた様子もなく、さも当たり前の様に返事を返した。
「ヤバイってもんじゃねぇだろ・・・ランカークラスが一撃だぞ・・・」
「倒れている奴ら結構やばそうだからクレシア呼んでおくわ」
「ぁあ。頼む・・・」
木下は白髪の男と話ながらも、視線は雄太達が戦う姿へと釘付けであった。
雄太と対峙しているツーブロックの男は、左手の2本の指で短刀の刀身を鎺から切先へと擦りながら静かにスキルを発現させた。
「【陽炎】無刀」
すると、男が手にしていた短刀は姿形が消えて見えなくなり、男は両手で柄を握る様に構えると、雄太へと詰め寄って肉薄した。
男は刃を背後へと向ける様に右下で構えており、雄太へと肉薄したと同時に左手1本で右から左へと薙ぎ払う様に動かした。
雄太は瞬時にバックステップで見えない刃を躱すも、ツーブロックの男は雄太の動きを読んでいたかの様に前へと跳躍する様にピッタリと肉薄し、今度は右手で雄太の喉を突く様な軌道で右手を前へと出してきた。
雄太も男の動きに合わせる様に左へと半身になって躱し、赤腕を纏っている腕で、男の右脇腹へと左のフックを放った。
男はこの攻撃も読んでいたかの様にバックステップで躱し、雄太と距離を取った。
(クソ・・・距離感がつかめねぇ・・・一体、どっちの手に武器を握ってるんだ・・・)
「どうした?さっきまでの威勢はどこへ行った?」
男は両手で柄を握り、鋒を雄太へと向ける様に顔横で構えを取り、右へと円を書く様な足運びを始めた。
雄太も男と同じ様に男を正面へと捉える様に足を動かし、2人はお互いに先を取ろうと隙を探り始めた。
「そうだな。もう、オマエのどの手に得物を握っているのか考えるのは止めだ。それに、さっき自重しないって言ったしなっ」
雄太はバックステップをしながら右掌を男へと向けた。
「分離!浮遊!」
すると、雄太の周りへと野球ボールくらいの赤黒い球体が無数に現れてピタッと空中で滞空し、その光景を見た男は2度のバックステップで雄太から距離をとった。
「行け。槍棘」
雄太が浮遊している膨張へと指示を出すと、滞空している無数の球体から一斉に赤黒い棘が一直線に男へと向かって襲い掛かった。
「くっ!?」
男は棘を躱す様にさらに距離を取りながら横へと躱そうとするが、伸びている槍棘は、途中でカクっと方向を変えて男を追尾した。
「なにっ!?」
男は、躱したと思ったら、いきなり直角に折れ曲がって追尾して来た槍棘に対して吃驚しており、槍棘の先端から逃がれる様に、フェイントを入れながらジグザグに逃げ回り始めた。
しかし、槍棘の追尾は途切れる事なく延々に男へと向かって伸びて行っており、雄太も槍棘の先端とは別に男を違う方向から追いかける様な形で、逃げ回っている男へと向かって走って行った。
そして、槍棘から逃げ回っている男へともう少しで近づけると言うところで、不意にシスから声をかけられた。
『マスター。背後から1人来ます』
瞬間、雄太のディスプレイには、雄太の背後から素早い動きで芽依が、左手で鞘を、右手で柄を握りながらいつでも抜刀ができる様な体制で雄太へと接近していた。
雄太はディスプレイに写っている背後から迫ってくる芽依の姿を確認すると、男を追うのを止め、身体を反転させて迫りくる芽衣へと顔を向けた。
「!?」
芽衣は、いきなり身体を反転させて接近を見破られた雄太へと驚くが、瞬時に柄に手をかけている直刀を引き抜き、居合の要領で目にも止まらぬ速さで抜刀し、雄太へと躊躇なく切り掛かった。




